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――シリウス・ブラック
アズカバンの要塞監獄の囚人中、最も凶悪と言われている。十三年前、一つの呪文でマグルを含む十三人を殺した。現在脱獄し、逃亡中。
夏休み、ダーズリー家にマージおばさんがやって来た。ホグワーツ魔法魔術学校から帰省していたハリーは、マージの嫌がらせに耐え切れなくなり、マージに魔法を使ってダーズリー家を飛び出したのだ。
その直後、ハリーは暗闇の中に大きな黒い犬を目撃する。どこにも行くあてのないハリーは、偶然現れた夜の騎士バスに乗り込み、ダイアゴン横丁へ向かった。そしてパブ「漏れ鍋」に到着したハリーの前に、魔法大臣コーネリウス・ファッジが姿を現した。未成年の魔法使いは、休暇中の魔法の使用を禁じられている為、退学を覚悟したハリーだったが、ファッジはその件には触れず、新学期が始まるまで「漏れ鍋」に泊まること、外出はダイアゴン横丁のみにすることをハリーに約束させる。
夏休み最終日、ハリーはウィーズリー一家やハーマイオニー・グレンジャーと再会する。ソフィアの方は施設との約束で夏休み中、暫く外出禁止となっているため、歯がゆい思いでいるらしい。その夜、「漏れ鍋」でウィーズリー夫妻の会話を聞いたハリーは、アズカバンを脱獄したシリウス・ブラックが、自分の命を狙っていることを知ったのだった。
***
「ソフィア!!久しぶり!」
夏休み最終日。ソフィアが教科書を買いにダイアゴン横丁へ向かい、店の外にでると、ハーマイオニーとロンがいた。離れたところに立っていたハリーの肌が白く見えるほど、二人の親友は日焼けしていた。久々にあった親友たちにソフィアの心は弾み、思わず駆け寄ってしまう。
「僕たちこれから魔法生物ペットショップに行くんだ。ソフィアは時間あいてる?」
「うん、もちろん」
ソフィアが店の二階から戻ると、話題はロンのペットに移っていた。スキャバーズはエジプトの水が合わなかったらしく、げっそりやせていた。ロンから渡されたネズミを両手で持ったソフィアは、軽くなった体重を確かめた。
「新聞の写真でみたときはふっくらしていたのに、痛々しいわね」
「エジプトには一ヶ月いたからなあ。みやげ話がたくさんあるよ。そうだ。ハーマイオニーは今夜漏れ鍋に泊まって、一緒にキングス・クロス駅に行くんだ。ソフィアはどうする?」
「私は外出許可が出ただけだから……多分、泊まることはできないかも…ごめんね」
本音をいえば、ハーマイオニーと一緒に泊まりたい。しかし、院はソフィアに対して厳しく、外泊など決して許可しないだろう。
「こらっ!クルックシャンクス、だめっ!」
カウンターのほうから店員の魔女の呼び声と、ロンの痛そうな叫びが響いた。ふわふわした毛並みの赤猫がものすごい速さで魔法動物ペットショップを飛び出す。ロンとハリーは逃走したスキャバーズを追いかけた。ソフィアとハーマイオニーも後を追う。
「ソフィア!猫を止められない?」
「こ、これは流石に…っ、止まってクルックシャンクス!」
ソフィアは昔から動物に好かれやすい体質である。だが雑踏をすり抜ける赤猫は太い尻尾を乱暴に振った。今はおまえの相手をしている場合ではない、と言いたいようだ。獲物を追いかけている猫は無我夢中で、人の言葉に反応しないものだ。それでも瞬時にソフィアに応えるとは。
「クルックシャンクス!あなたの追いかけているネズミは、私の友達のペットなの。病気をわずらっているみたいだから、食べても美味しくないわ」
「不吉なこと言うなよ!」
ロンと言い合っているうちに、店員の魔女は金縛り呪文を使って赤猫の動きを封じた。尻尾を立てたまま固まったクルックシャンクスは、壁に正面衝突しなような不機嫌面をしている。ハーマイオニーは赤猫を見て甲高い悲鳴をあげた。
「この猫すっごく可愛いわ!ソフィアもそう思うでしょ?」
「うん、とっても賢い猫だと思うわ。ハーマイオニーの言葉を聞いて、喜んでいるもの」
「クルックシャンクスはニーズルとの交配種なんですよ。賢すぎて飼い主を選んでしまって、今まで売れ残っていたんです」
すかさず説明した魔女はあえて猫の容姿にふれなかった。金縛り呪文を解かれたクルックシャンクスの購入を決めたハーマイオニーは幸せいっぱいだ。スキャバーズを発見したロンは激しく抗議したけれど、赤猫を抱いた彼女はそれを聞き流した。ペット論争をはじめた二人を遠巻きにながめていたハリーは小声で話しかけてくる。
「ソフィアの大親友の好みはちょっと変わっているね?」
「ハリー…その発言はロンを侮辱しているも同然になっちゃうよ」
「え……え?そうなの?ちっともそう見えないけど」
「ハーマイオニーは素直じゃないから…。そういうところが可愛いんだけどね」
その後、ウィーズリー家の夕食に招かれたソフィアは皆と一緒に漏れ鍋へ向かった。院の方も「夕食だけなら…」と渋々了承してくれた。カウンター席に座っていたミスター・ウィーズリーのとなりにいた、ミセス・ウィーズリーが真っ先に気づいた。
「まあ、ソフィア!久しぶりね」
「あの…今夜は夕食に招いてくださって、ありがとうございます」
「大勢のほうがにぎやかでいいわ。そうそう、ロンから聞いたかしら。わが家から出た二人目の首席のことを」
「お母さん。僕のことを呼びましたか?」
もったいぶって前に出てきたパーシーの胸元には、銀の首席バッジが輝いている。ソフィアはお祝いを告げた。角ぶち眼鏡を持ち上げたパーシーは、「ありがとう」と重々しく言う。するとパーシーの両脇から、同じ顔をした双子がひょいとあらわれた。
「ソフィア!また一段と綺麗になった!その麗しいお顔を拝し、恐悦至極……」
「フレッド、ジョージ!いい加減にしなさい!」
「ママ、俺はまだ何も言ってないよ」
「まだってことは、続けて言うつもりだったのでしょう。あなたたちは監督生になれなかったのだから、せめて今年は大人しくしていてちょうだい」
立ち去る母親と兄の背中に、フレッドとジョージは全く同時に舌を出してみせた。こら、とたしなめたのは彼らの父親だ。親しげにあいさつしてきたミスター・ウィーズリーは、明日ソフィアはどうやって駅に行くのか訊ねてきた。
「私たちは魔法省の用意してくれた車で行くことになる。よければソフィアも一緒にどうだね」
「本当ですか…?それじゃあ、よろしくお願いします。院の人も分かってくれると思います、最近、殺人鬼が脱獄したと聞いてるので…」
「周りが慎重になるのは当然だよ。魔法省は総力をあげてブラック探索に力を入れてきたのだが、まだ吉報はない。先ほどロンとハリーにも注意したが、懸賞金ほしさに、ブラックを追おうと考えてはいけないよ。やつを連れ戻すのはアズカバンの看守だ」
連日におよぶブラックへの警戒で、ミスター・ウィーズリーの優しげな顔は強張っていた。ハーマイオニーはジニーと同じ部屋にいると聞いたので、ソフィアは階段をのぼった。赤い髪と日焼けした肌がいっそう元気に見えるジニーは、ぶんぶん手を振ってきた。
「やっほう、ソフィア!あなたも漏れ鍋に泊まるの?」
「ジニー、久しぶり。ゴメンね、私は泊まれないの。でも、明日は皆と一緒に駅まで行くから」
「残念ね。今ジニーと二人でクルックシャンクスにお手を教えていたの。動物のあつかいに慣れたソフィアがいれば、いろんな芸をおぼえさせられるわ」
「芸じゃなくて、ハーマイオニーのお願いを聞いてくれるようにしたほうがいいかな」
「いいなあ。私も猫を飼いたいけど、ロンがスキャバーズを飼っているからダメって言うのよ。家ネズミなのに、10年以上も生きているの」
あかるく話すジニーはハリーのことが好きだ。秘密の部屋の一件をとおしてソフィアのことを認めてくれるようになったけれど、内心はふくざつだろう。ハーマイオニーもいてくれたので、ソフィアはジニーと猫談議に花を咲かせることができた。