30

 ――時が巡り、再び秘密の部屋が開かれた。しかし、今度は誰も死んでいない。でも、もうそんなことはどうでもよかった。マグル一匹の命よりも重要なものを見つけた。

 「まだ言ってなかったかな? 汚れた血の連中を殺すことは、もう僕にとってはどうでもいいことだって。この数ヶ月間、僕の新しい狙いは――君だった」

 静かに言いながら、リドルは右手でソフィアの毛束を取って、サラサラと落とした。「君だった」は、二人それぞれに向けられたもの。ソフィアに触れながら、挑発的な目を向けてくるリドルに、ハリーは奥歯を噛み締める。

 リドルは、僕を知りたがっていると同時に、ソフィアを欲している? ここへ辿り着くまでに、二人の間に一体何があったのだろう。リドルの悪行に怒りでどうにかなりそうになりながら、ソフィアをさも自分のもののように扱う立ち振る舞いに、ハリーの胸が焦燥で焼ける。そもそも、ジニーとの引き換えとはなんだ。

 ハリーの心を把握しきっているのか、リドルは更に続けた。

 ソフィアは、随分前からジニーが抱えている闇を知っていたこと。彼女が落とした日記を拾った際に、リドルに予期せぬ力を与え、それは一瞬だったが幻影を生み出してしまう程の強力なものであり、リドルがジニーを使ってソフィアへ近づいた。

 ジニーは、リドルに操られていた中でも、ソフィアに救いを見出して依存とも呼べる程、彼女に執着し、求めた。一時は持ち越したこともあったが、ハリーが日記を持っていることに気付いたジニーは、リドルがハリーに自身の秘密を教えてしまうのではないかと恐れて、日記を盗んだ。

 ハーマイオニーが襲われたこと、それから彼がパーゼルタングだとジニーから知らされていたリドルは、ハリーが確実に足跡をおってきていると確信し、ジニーに遺書を書かせ、ここへ降りてこさせた。しかも、思わぬおまけも一緒に。

 「彼女の力は、大体把握していたから飛んだ収穫だったよ。だけど、ハリー・ポッター、僕は君に色々聞きたいことがある」
 「なにを?」

 ハリーは、吐き捨てるように言った。

 「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破った? ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君の方は、たった一つの傷跡だけで逃れたのはなぜか?」

 貪るような目に、奇妙な赤い光がチラチラと漂っている。

 「僕がなぜ逃れたのか、どうして君が気にするんだ? ヴォルデモート卿は君よりあとに出てきた人だろう」
 「ヴォルデモートは、僕の過去であり。現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッターよ」

 リドルは、ポケットからハリーの杖を取り出し、空中に文字を書いた。

 『TOM MARVOLO RIDDLE』

 トム・マールヴォロ・リドルと書かれた三つの言葉が揺らめきながら淡く光を放つ。もう一度、杖を振る。名前の文字が並び方を変えた。そこに漂っていた文字に、ソフィアは目を瞠って両手でリドルの左手を口元から離そうと藻掻く。

 『I AM LORD VOLDEMORT 私はヴォルデモート卿だ』

 この少年が、やがて大人になり、魔法界に暗黒時代を招く人物となる。リドルに力を与えたら、ヴォルデモートが復活してしまう。なんて浅はかな選択を強いられていたのだと、ソフィアは腕の中から抜け出そうと必死の抵抗をした。手に噛み付こうとした時、リドルに更に強く口元を覆い込まれ、呼吸をすることすら難しくなってしまう。

 「この名前はホグワーツ在学中にすでに使っていた。もちろん親しい友人にしか明かしていないが。汚らわしいマグルの父親の姓を、僕がいつまでも使うと思うかい? 母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れているこの僕が? 汚らしい、俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に、母が魔女だというだけで捨てたやつの名前を、僕がそのまま使うと思うかい? ハリー、ノーだ。僕は自分の名前を自分で付けた。ある日必ずや、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を。その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」

 麻痺したような顔でリドルを見つめるハリーの顔を、ソフィアが見ていた。何かを、噛み締めたハリーは、パッとエメラルド色の目に強い意思を宿して「違うな」と、静かに沈黙を破る。リドルが、ハリーに問を返す。

 「君は世界一偉大な魔法使いじゃない」

 ハリーが、息を荒げながらもしっかりと言葉を紡ぐ。

 「君をがっかりさせて気の毒だけど、世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。みんながそう言っている。君が強大だったときでさえ、ホグワーツを乗っ取ることはおろか、手出しさえできなかった。ダンブルドアは、君が在学中は君のことをお見通しだったし、君がどこに隠れていようと、いまだに君はダンブルドアを恐れている」

 微笑みを消したリドルの顔が、醜悪に歪む。

 「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」
 「ダンブルドアは、君の思っているほど、遠くに行ってはいないぞ!」

 今度は、リドルが歯を食いしばる番だった。リドルに言い返したハリーの言葉に、ソフィアは力強く頷いた。

ALICE+