1

 毎朝日課の井戸の水汲みをしていたとき、うちの森では生息していないメンフクロウが飛んでいるのが見えたから、珍しいこともあるもんだなとつい目で追っていれば、なんとフクロウはそのまま私の目の前にまで飛んできたのだ。そして小枝のような足で掴んでいた手紙を器用に私の足元に落とし、自分の役目は終わったとばかりに颯爽と近くの木に飛び移った。

 少し古びた紙質の封筒の表には英語だと思われるような書体のグリーンの文字が数行に渡って、それから一際大きくハル・メルリヌスとフルネームがローマ字で書かれている。裏返してみると紋章入りの紫の蝋で封印されており、真ん中には大きな"H"という文字とその周りをライオン、鷲、穴熊、ヘビが取り囲んでいた。
 差出人は―――Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry

 「ここって…まさかのハリポタの世界ですか……っ??!」

 ***

 前世は唯の日本人。平凡な社会人生活を送っていた私だが、ある日起きたら巷で噂の突然異世界転生をしてしまっていたのだ。
 生まれた場所は田舎も田舎。というか森の中。小振りの可愛らしい煉瓦の家で産声を上げたが、産んでくれた母親らしき人は出産後に蒸発してしまい、乳飲み子の私が5歳になるまで育ててくれたのは魔女のメリンダだった。
 私はその人を祖母のように慕っていたのだが、彼女は6年前の春に老衰により安らかに息を引き取った。亡くなってから出てきた遺書には、それまで知らなかった色々なことが書かれていた。
 私の母となった人は大切なものを守るために戦いに出たとのこと、老婆は母が昔住んでいた屋敷の使用人だったこと、母はエムリヌス家という由緒正しい魔法使いの家のお嬢様だったということ、などなど。老婆の遺書には母についてのことがたくさん書かれていた。
 ただ結局、母の名前はおろか、魔法のこと、この世界のことには殆ど教えてくれなかった。
老婆の遺書はきっと、幼い私が母親のいない生活に少しでも理解できるようにと配慮してくれたのだろうが、そもそも前世の記憶がある私にはこの世界の家族などあまり興味が湧かなかった。それよりも今後どうやって生きていくか、それだけが重要だったのだ。

 それからはずっと森で一人生きてきた。幸いにも家には小さくとも立派な畑があったし、肉は森から時折調達させてもらって、まさに自給自足の生活だ。前世ではそういったことは一切やったことがなかったが、この家は電気等が一切通っていない陸の孤島過ぎて、そこまで追い詰められると人間は意外な才能が発揮されるらしい。というか魔法使いの血が一応流れているらしいから、そのおかげでなんとかなっているに過ぎなかったのだが。
魔法が存在する世界なだけあり、動植物すら前世のようにはいかないから、そもそも普通の人間の子供が一人で住んでいけるわけない。6年以上も他者との関わりがないまま生きていけるなんて、中身が成人の魔法使いなんていう条件が揃わない限り先ず無理だっただろう。

 森を出ようと考えたことは何度かあったが、そもそもこの世界について分からない。魔法はあるらしいが、外ではどれほどの文明が栄えているのか。もし前世のような道徳観念が確立していなかった場合、孤児の行く末がどうなるか想像しただけで恐怖してしまい、自分が身体的に成人に近くなった場合に外界に出た方がいいと思ったのだ。そのころには魔法の技術ももっと上達して、自分の身も守れるだろうし。
 もともと前世で一人の時間が好きだったうえに、魔法なんていう素晴らしいものを授かった今は、ただひたすらに魔法を使って自給自足する生活に十分満足していた。それに人ではないが最近は魔法生物の友達だって出来て、結構この世界を謳歌していた筈だったのだが。

 そんな私のもとにやってきた初めての手紙。そこに書かれていたのは、前世で観た映画のものと全く同じだった。

 「ということはつまり、ここはハリポタの世界で、今年11歳になった私はホグワーツに通い始めなきゃならんってことか…?ていうか今って何年なんだ?え、もしかしてだけど彼等と同期じゃないよね。……いやいや、それは流石にないだろう。そうだとしたら完全にヴォルデなんとかさんと戦う末路じゃないか。それに、だとしても、私が加わる意味が分からない。だって本では、“ハル・エムリヌス”なんて子いなかったし。彼等より前の時代か、若しくは全てが終わった何年後か。」

 魔法のあるファンタジー世界だとは思っていたが、まさか自分がよく知る方のファンタジーとは。
 とりあえずこのまま手紙を避けることは、例の第一作目の記憶通りであれば、梟まみれコースにまっしぐら確定だ。

ALICE+