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「お迎えに上がりました。どうぞお乗りください」
「は…はあ」
これは、まだ私が若い頃の出来事だ。
何とか生計のやりくりが出来ている程度の私は、縁など無い二頭立ての馬車に乗っていた。
「(御者付きの二頭立ての馬車なんか、生まれて初めて乗ったぞ)」
幾ばくかの緊張に頭がグラグラしたそうだ。
「なんか今から緊張してきた。招待状忘れてないよな…」
心配になり懐を探ってみると、しっかりとそれはあった。
封蝋には私でも名ぐらいは知っている、ファントム社の社長ファントムハイヴの刻印が。
「一体どんな方なんだろう…?」
1889年の初春ーーーーまだ冬も明けきらぬ頃のことだ。私はロンドンで流行らない眼科の医師をしており、同時にしがない物書きでもあった。
物書きと言っても、患者の来ない暇な時間を執筆に充て、何度も投稿した末に拾われたのは未だ1作だけであったし、原稿料だって雀の涙ほどであった。
もういっそ診療所を引き払い、スコットランドの田舎に引っ込もうか…などと考えていた。そんな時、一通の招待状が私のもとへ届いた。
そう、それが全ての始まりだったのだ。
***
「ーーーーで?お前らはいつまで本邸(ココ)にいるつもりだ?」
「せっかくの冬休みをお前達と過ごそうと本邸に留まってやってるのに、なんだその言い草は」
前回から街屋敷に戻らず居座っていたソーマの言葉に呆れと嫌気を表す。
「勝手に休みを制定するな!」
ばさっと新聞を開いたシエルは、一つの記事の見出しを見て目をとどまらせた。
「今日こそはチェスでお前らに勝つからな!」
ヤル気満々に指さしたソーマだったが、シエルは席を立つ。
「悪いが今日は仕事がある。行くぞ、セバスチャン」
二人の態度にぶーっ、とソーマは頬を膨らませる。
「そう言って昨日も一局しか相手をしてくれなかったじゃないか」
「僕が仕事をしている間に、詰めチェスでもして腕を磨いたらどうだ、手応えがなさすぎる」
ツン。と言い放たれた言葉にムキーッ!とソーマは立ち上がる。
「くっそーおぼえてろ!!アグニ付き合え、特訓だ!」
そんな声を聞きながらシエルとセバスチャンはしごとしごと、と去っていった。
*
そして嵐のような訪問者が、午後に訪れた。
「ーーーーというわけで」
チャールズ・グレイ、チャールズ・フィップス。
通称Wチャールズの二人を案内した部屋で要件を聞いていた。
「女王たっての願いにより、貴殿等には2週間後に訪英する客人に対し、正餐会を開きもてなして頂きたい」
「何故僕が?先方と面識のない僕らがもてなしたところで、客人の気が休まるとも思えないが」
「もてなして頂きたいのは、さるドイツの御仁で陛下の遠縁にあたる御方だ。お忍びでの訪英となる。
世界の工場たる英国の産業や民間文学に興味をお持ちで、造詣が深い方との交流をされたいそうだ。
貴殿らの経営するファントム社は、世界に誇れる英国企業のひとつ。
貴殿らほどの人脈があれば、客人を喜ばせるゲストを呼ぶことも可能であるかと」
「ならばなおさら、陛下が御自ら御接待されてはいかがか」
「いいの?そんなこと言って」
手紙を返していたシエルは、紅茶を飲んでいたグレイを見返す。
「先だっての件≠ナ、陛下は伯爵の報告に疑念を持っておられる」
「…!」
ーーーー『犯人は私共で処分致しました。子供達はすでに手遅れでしたので、屋敷と共に「無きもの」に。
両親には真実を伝えるか、笛吹男に攫われたままと思わせておくかは、政府に一任致します』
「果たしてあの報告に偽装はなかったのか?」
数日前の出来事を思い出す。
「今回のこのご用命、イメージを挽回するチャンスなのでは?」
「ま」とグレイは後ろに手を組む。
「これはあくまで番犬≠ニしてじゃなく、貴族≠ナあるキミへ女王からのお願いだから」
「ノブレス・オブリージュ。持てる者の義務ーーーーと考えて頂きたい」
シエル、セバスチャンは探るように二人を見つめていた。
そのうちシエルは手紙に手を伸ばした。
「ーーーー…わかりました。お受けしましょう」
一度は放した手紙を手元に引き寄せる。
「それとさきほどの陛下御自らという点におかれては、皇室代表として、陛下の姪にあたられるシルヴィア様に来て頂けるようになっています」
「その護衛とお目付役としてボクも参加させてもらうけどいーよね?」
「はい」
「屋敷の安全性はさっき確認させてもらったよ」
「その点はご心配なく。屋敷の警護は万全です」
薄くシエルは目を開ける。
「余計な人間を招き入れて、内側からの危険性を上げられてはかなわない」
「いいでしょう。では我々はこれで、お見送りは結構」
二人は立ち上がりドアを開ける。
「2週間後を楽しみに」
ーーーーバタン…
「…というわけだセバスチャン。すぐに招待状の用意を」
「は」
「それから、劉と葬儀屋にも連絡を」
「かしこまりました」
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