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「店長、これお会計してもいいですか?」
バイトのシフト時間も残りわずか。
閉店時間も近いことから客もいなかったので、自分の会計をしようと店長に尋ねる。
「うん、いいよー。あれ、それってユニゾンの新しい曲?」
「はい。一度聞いてみたくて」
「うんうん、彼等の曲はいいよー。僕もおすすめ」
「そうなんですか」
「こんにちは」
店長と談笑しているとき、少し高めの男性の声が耳に入って来た。
振り返るとレジの前にはいつの間にかあのときの斎藤さんが立っていた。あのときと変わらず優しそうな瞳をしている。
「おや噂をすればだね」
「なにかありました?」
「百合ちゃんがユニゾンのCD買うそうだよー」
「え、ほんとに?ありがとうね」
「い、いえ…」
「でもそれなら、俺のとこに送られてきたやつあげようか?
いつも家族にもどうぞって、会社から数枚送られてくるし」
「そんな…申し訳ないですから」
「あはは、こういうのって自分で買いたいんだよねー、百合ちゃん」
「あ、はい…」
「そっかそりゃそうだ。俺も好きなバンドのは小遣い貯めて買ったもんな」
「自分のものって感じするもんねー」
二人が話している間に百合は自分の財布からお金を取り出し、一人で会計を済ませる。
そして斎藤さんの服を見てふと思った。
「あ、あの…外ってもしかして、雨…」
「え?あぁ、うん。さっき急に降ってきてね、天気予報大外れだよ」
彼の肩や腕には僅かに水がしたっていて、もしやと思って聞いてみれば予感は的中してしまった。
「百合ちゃん、傘もってない?」
「いつもの折り畳み傘を昨日、友達に貸しちゃって…明日返してもらおうと思ってたので…」
「そっかー…、うーん、今ちょうど忘れ物用の傘もないからねー。
ちょっと時間かかるけど、僕の家の傘持ってこようか?」
「あ、いえ大丈夫ですから、駅まで走っていけば…」
「でも駅って立川でしょ?走っていってもずぶ濡れに――「あの、良かったら俺の傘はいってく?」
斎藤さんのまさかの言葉に驚いた。
「立川なら俺も同じだし。ただ、折り畳み傘だからちょっと小さいんだけど」
「え、えっと…」
「いいじゃない、入れされてもらえば。こういうときは甘えとくもんだよ」
悩んでいる百合に店長が優しく押してくれる。
そして、店長の言葉にそれならばと意を決した。
「よ…よろしくお願いします」
***
まさかつい最近知り合ったばかりの男性と相合傘なるものをするとは、百合自身思ってすらいなかった。
しかも相手は業界の人で有名人で、一般人ではない。
「そっち濡れてない?大丈夫?」
「は、はい…大丈夫です。でも、斎藤さんの方が濡れてる気が…」
「俺はいいから、こう見えて身体は丈夫だし」
確かに斎藤さんは一般男性と比べると細見な方で、正直、丈夫さとはかけ離れているように見えた。
もし風邪でも引いて声に支障をきたしたら、自分はどう責任を取ればいいのだろうか。
「今日は本当に有難うございます」
「いいよ、CD買ってくれたお礼を俺が勝手にやってると思ってて」
「…あの、斎藤さんは……おいくつですか?」
「はい?」
「あ、その、別に変な気じゃなくて、違うんです、違うんです」
自分でも大分変な質問をしてしまったと思った。
変人に思われるのも嫌だったので、慌てて弁解するように言った。
「私、2歳年上の幼馴染がいるんですが…いつも私のことを子供扱いしてきて…自分だってまだ20歳を2年過ぎただけなのに。寧ろ幼馴染の方が子供っぽいというか…。
それで、斎藤さんは幼馴染と違って、とても大人だから……いくつなのかなって。同じ20代でも大分違って見えたので…」
「えーっとね……うん、ごめん。初めにいうと、俺もうアラサーなんです」
「………へ、」
「30超えてるおじさんなんです」
あまりの事実の言葉を失ってしまった。
どう見ても斎藤さんはアラサーに見えないというか、30も超えているのが信じられない。とても若く見えるのに。
「期待を裏切ってごめんね」
苦笑交じりに言う彼に、百合はただその大きな目を見開くのみ。
そしてようやく言葉が出てこようとしたが、どう反応すればいいか至極大変だった。
「すすす、すみません……私、昨日から失礼なことばかり…」
「いや、若く見えたのなら嬉しいし、それに俺も慣れてるから」
やっぱり大人な人だ。きっと年齢関係なく、この人の性格から感じられるものなのだろう。
「でも、俺もちょっとびっくりした」
「?」
「いや大学生って聞いてたけど、一回り以上違うんだなって。
ちょっと下手したら俺のやってること犯罪だよね」
「そんなことないです、斎藤さんは私のためにしてくれたので…全然そんなことないんです」
百合が焦ったようにフォローをすると、斎藤さんは少し笑いながらありがとうと言っていた。
有名人だから、とどこか壁を作っていた彼女だったが、今日二人だけで話してみて少し壁をなくせた気がする。
そして話しているうちに駅へと着く。
「どこで降りる?」
「矢野口で…」
「ん、了解」
「あ、あの、斎藤さんは…」
「いいからいいから」
彼は何故か百合の降りる駅を聞くと、さも当たり前のようにホームへ向かった。
自分の向かう先と方面は一緒だったのか。そんなことを思いながら、ひとまず彼についていく。
「斎藤さんはどこの駅で降りるんですか?」
「んー、どこでしょう」
電車に乗ってる間も尋ねるが濁されるだけで答えてはくれなかった。
そして目的の駅に着くと、百合と同じように斎藤さんも電車から降りた。
「一緒の駅、だったんですか…?」
「まぁ、そんなところかな」
なんだか腑に落ちない答え方だった。
でも、わざわざ降りたぐらいなので違うことはないだろうけれど。
「ほら入って」
「え、でも…」
「家につくまでに濡れるよ?」
「斎藤さんのお家は…」
「右?左?真っ直ぐ?」
言われるがままに答えると、斎藤さんは再び二人の上に傘を広げた。
一体何が起こっているのか百合にはもはや見当もつかなかった。
帰り道はとにかく百合が家までの行先を述べつつ、斎藤さんがそれに従ってくれていた。
そしてようやくアパートの前に着いた。
「ありがとうございました、ここまでわざわざ」
「どういたしまして」
「あの、それで斎藤さんのお家はここの辺りなんですか?」
「えっとね……俺の家、実は渋谷です」
「……………!?」
まさかの言葉に今日二度目の驚きだった。
確かに駅は同じだが、ここから渋谷はまったく違う方向で乗る路線すら違っていたというのに、何故彼はここまで来てくれたのか。
相手への申し訳なさからか、百合が顔面蒼白になってきていた。
「いや、ほんと気にしないで。俺がしたくてやったことだから」
「でも、でも…でも……私のせいで…手間をかけて…」
「それより早くお家に入った方がいいよ、冷えるとよくないからね」
「斎藤さんの方が濡れてますし…冷えちゃいますし……」
暗い表情で呟きつつ彼女はアパートへと足を向けていった。
しかし、途中ではっと思いついたかのように振り返る。
「あ、あの…ちょっとだけ待っててもらえますか?」
「?」
「すぐ戻ってくるので…っ」
そう言うと小走りでアパートの階段を上がっていった。
斎藤さんが首を傾げながら待っていると、本当に一分もかからないうちに彼女は戻って来た。その手には青色のタオルが。
「こ、これ…使って下さい」
「え、いいの?」
「はい。これぐらいしかできなくて、申し訳ないんですけど…」
「ううん、ありがとう。助かるよ」
「お家に帰ったらすぐあったまって下さいね、風邪を引いて声が出なくなったりしたら大変ですし…あ、あとは…」
「あはは、心配してくれてありがと。このタオル洗って直ぐ返しに行くから」
「いつでも大丈夫ですから…。今日は本当にありがとうございました」
「うん、じゃあまた」
「はい」
しとしと雨が降る中、斎藤さんは来た道を再び戻っていった。
まだ会って間もないのに自分のためにここまでしてくれる人は初めてで、驚きもあったけれど何より嬉しかった。
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