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今日は何も買わずに帰ろうかと思ったが、客がほとんどいなくなっていた店内を見て、何となくもう一度彼女とコンタクトを取りたくなった。
そこでとりあえず最近の音楽雑誌を手にレジへ向かった。

「お願いします」
「はい…あ、…」

机で作業をしていた彼女がこちらへ目を向け、少し驚いた様子で大きな目を見開いた。
そして慣れた手つきで会計を進めていき、「780円になります」と言ったところで、おずおずといった様子で声をかけてきた。

「あの…ここには、その…よく来られるんですか…?」
「え、あ、うん。昔からね」
「そう、だったんですか……、すみません、有名人さんなのに…私が、目立ったことを…」
「いやいや、大丈夫だからほんと。そんなに謝らないで」

「なんだ、斎藤くんのことだったのかー」
「店長?」
「どうも」
「久しぶりだねー、斎藤くんのバンドしっかり告知させてもらってるよ」
「ありがとうございます」
「え、…え?」

奥から出てきた店長と自分とのやり取りを見ていた彼女が戸惑うのも無理はないと思う。

「彼はデビュー前から店に通ってくれててねー、いやー有名になったよね」
「いえいえ、まだまだ若輩者ですから」
「それで百合ちゃんは驚いてたのかー、何かあったのかなって思ったよ」
「彼女は悪くないんですよ、僕がやっちゃったことなんで」
「うんうん大丈夫、分かってるよー。
この子は2か月前からうちでバイトしてくれてる高嶺百合ちゃん。百合ちゃん、こっちは――「UNISON SQUARE GARDENの斎藤です、よろしくね」
「こ、こちらこそ…です…」

少々委縮しながら深く頭を下げてくれて、そんなに畏まらなくてもいいのにと思った。
寧ろ自分の方が店長に頭を下げたくなったぐらいだ。今日だけで彼女との距離が大分縮まったのだから。

「すみません、私そろそろ…」
「おっともう時間だね、今日もありがとねー、おつかれ」
「はい、お疲れさまです。あ、…」

店長の方へ挨拶をすると、今度はこちらへ顔を向けて何か言いたそうな雰囲気だった。
どうやら客である自分にも挨拶をしようとしてくれているが、どう切り出したらいいか分からないようだ。

「うん、お疲れ。…またね」

そう言うと、また丁寧にお辞儀をして奥の部屋へと入っていった。
”またね”の言葉が自分なりの勇気だったかもしれない。

***

今日はなんだか今までにないような日だったかもしれない。
まさかお客さんの中に業界の人がいたとは。
店長のお店には、今まで訪れたというバンドのサインや写真が飾られていたので、只のお店ではないような気はしていたけれど。

「…ドキドキした」

アイドルをしている幼馴染がいるが、昔ながらの仲であるため、今までそんなに意識したことはなかった。
けれど今日はじめて間近でああいった本物の人と会うと意外にも緊張してしまう自分がいた。

―――音楽をやってるのって、すごいなぁ。

自分の世界とは全く違う世界にいる人のように見えた。
今度会うときまでにあの人の曲を聞いておこう、と思いながら帰路につく。

「よっ」
「…またきたの」
「なんだなんだ、アイドルの正人様がきてやったというのに」
「呼んでないもん」

昨日に続き、今日も玄関前にいた幼馴染。
こうも続けて来られてはいつアパートの住民に見られるか冷や冷やしてしまう。
今人気中のアイドルが女性と密会しているなど、変な噂を立てられては困るのはこちらの方だ。
彼に呆れながらも自分も部屋に入りたいので、結局鍵を空けて二人で中に入るしかない。

「今日は土産も持ってきてやったから、機嫌直せって」

そう自慢げに見せてきたのは、最近都内にできたという外国のお菓子店のケーキだった。
そんな美味しそうなものを見せられては百合も紅茶の準備にかかるのみだった。

「あ、そいやオレらまた新曲出すことになったから」
「そう」
「欲しい?」
「……いい、今他に聞きたいのあるから」
「なに他って」
「私の勝手でしょう」
「もしかして好きなアイドルでもできた?」
「アイドルにはあまり興味ないから」
「うわー淡泊な女」

何とでもどうぞ、と呟きながら紅茶を持って行く。
二つあるケーキのうち、苺のタルトを選んだ。本当はチーズケーキと悩んだけれど、苺の方が可愛かったというのが理由のうちだった。
どちらも自分が好きな種類を選んできてくれた彼には感謝の言葉を心のなかで言っておくことにした。

「ったく、普通オレみたいなイケメン前にして断るとかありえないから」
「……」
「なによ?」
「ううん、ただ同じ歌を歌うひとでもこうも違うんだなって」
「は?」
「今日ねバイト先に業界の人がきてくれたの」
「ふーん」
「バンドのボーカルの人で、結構有名なんだって。
私はそんなに詳しくないけどポスターにも雑誌の表紙にもなってたから」
「ガールズバンド?」
「男の人だよ」
「え、じゃあなに、俺よりそっちがいいって言ってるわけ?」
「どっちがいいとかじゃなくて…、あの人はこう…」

終始落ち着いていて、男性にしては少し高めな声と優しそうな目をしていた。
自分の失態にも気を利かせてくれてとても親切な人という印象がある。
いつも強引で少しナルシストなところがある幼馴染とは大分違っていた。
あれが大人の余裕とでもいうのだろうか。

「なんだよ」
「……正人くんも見習うべきだね」
「うわーちょっとカチンときたんだけど」
「だってほんとのことだもん」
「ま、お前みたいなお子様にはまだわかんねーもんなぁ」
「失敬な。この間、二十歳になったよ。それに正人くんとは2歳しか違わないじゃない」
「知ってるし、精神面じゃまだまだってはなし」

大人ぶって冷やかしてくる彼に、百合は頬を小さく膨らませて怒った様子をみせるが全く効果はない。

「じゃ、オレそろそろ行くわ。あ、それとCDは送ってやっからちゃんと聞いとけよー」

やはり幼馴染の強引なところは直すべきだと改めて思った。

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