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ヒーロー殺し及び脳無襲撃から一夜明け保須総合病院。
治療を受けた静たちは病衣に身を包み、消毒液の香りが嗅覚を擽る一室に纏められていた。一夜明けた今、改めて自身らが起こした行動を思い返しながら感慨深い思いに浸る。
静は軽い打撲だけで済んだが大事をとって後1日入院する運びとなった。飯田については傷口の具合から更に数日入院となりそうな怪我だが、この後の診察で明確になるらしい。
4人で病室のベッドに座りながら、凄いことをしてしまった、と緑谷が呟いた。同意するように轟が頷く。凄まじい最後を見せられ、今こうして生きていられているのがつくづく奇跡だと感じた。緑谷は自身の切りつけられた脚を見下ろしながら、殺そうと思えば殺せた筈、と口にする。
轟も傷を負った自身の左腕を見ながら、あからさまに生かされた、と言葉を追う。対して飯田は殺意剥き出しで刃を向けられようとも立ち向かっていた。
それだけ奮い立たされたのだろうが、少しばかし無理をし過ぎたのではと、静は両腕を包帯でぐるぐる巻にされている飯田の怪我に目を向ける。
視線に気付いた飯田が困ったような笑みを零したのを視界の端に捉えた。逆に助けられたと言う轟に飯田は否定的な言葉を伝えようとしたが、突然病室の扉が開いたことで遮られてしまった。
一斉に扉を見遣れば、グラントリノと飯田の職場体験先のヒーロー、マニュアルの姿。ぐちぐち言いたいと言うグラントリノに緑谷がたじろぎながらも謝罪を口にしようとしたが、来客、という単語に反応して静たちはベッドから立ち上がる。マニュアルの後ろに佇むのは黒のスーツに身を包んだ――長身の犬。

「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」
「面構!!署・・・署長?!」
「掛けたままで結構だワン」
(ワン・・・)

面構は異形系なのだろう。ポインターやボクサーを彷彿させる顔立ちの面構の語尾が気になる次第だが、署長がわざわざ病室を訪ねるとは予想外である。
面構がヒーロー殺しに携わった雄英生だと確認すれば、静も含めヒーロー殺しの会戦に携わった4人は疑問符を浮かべた。
面構曰く、ヒーロー殺しは火傷に骨折となかなかの重傷で現在治療中とのこと。超常黎明期、警察は統率と規格を重視し、“個性”を“武”に用いない事とした。
ヒーローはその“穴”を埋める形として台頭してきた職。“個性”を武力行使に使えば人を容易に殺められる。
本来ならば糾弾されるべき“個性”が公に認められているのは、先人たちがモラルやルールを遵守してきたからだ。面構の言いたいことがわかる。

「資格未取得者が保護管理者の指示なく“個性”で危害を加えた事。例え相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン」

よって我々4名及び職場体験先のプロヒーロー4名には厳正な処分が下されなければならない。以前USJにて13号も面構と同じ事を我々生徒に話し、そして“簡単に人を殺せる力”であると語ってくれた。教師たちに対して申し訳ない想いに苛まれていれば、轟が反論する姿勢を見せ、緑谷が控えめに止めに入る。

「飯田が動いてなきゃ“ネイティヴ”さんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ2人は殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ――規則守って見殺しにするべきだったって?!」
「結果オーライであれば規則など有耶無耶で良いと?」
「・・・人をっ・・・救けるのがヒーローの仕事だろ」
「だから・・・君は“卵”だ、まったく・・・いい教育をしてるワンね。雄英も・・・エンデヴァーも」

面構の一言が揶揄に聞こえたのだろう。
この犬、と轟が苛立ちを露わにしながら前に出るのをグラントリノが阻止すれば、飯田も尤もな話だと頭に血が昇っている轟に冷静になるよう口にする。

重苦しい空気が漂い反省の色を見せる中、見兼ねた様子のグラントリノが話は最後まで聞けと溜息混じりに軌道を正せば、面構はわざとらしく咳払いをひとつしてみせる。轟が苛立ちを露わにしながらも耳を傾ける姿勢を黒い瞳に映した面構は、徐ろに口を開いた。

「以上が――・・・警察としての意見。で、処分云々はあくまで“公表すれば”の話だワン」

公表すれば世論は我々を誉め称えるが処分は免れない。
しかし汚い話、公表しない場合はヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立することができる。
幸いながら目撃者も極めて限られている為、我々が犯した違反はここで握り潰す事ができるのだと面構は連ねた。

「だが君たちの“英断”と“功績”も誰にも知られることはない」

面構の“卵”発言は揶揄のつもりはなく、いずれ孵化するヒーローの“卵”として屈する事なく立ち向かい、人を救ける為に動いた将来性を評価する上での発言であったのだ。
先程までの重たい空気から一変してどこか陽気ささえ窺える面構は、親指を立てながらどっちがいいかと選択権を4人に与えた。
面構としては、前途ある若者の偉大なる過ちにケチをつけさせたくないらしい。規則違反を犯したことは重く受け取らなければならないが、処分を下されるプロヒーローだけでなく雄英高校にも批判の声が上がるだろう。
下手すれば各々の家族にも――どのみち監督不行届で3人のプロヒーローは責任を取らなければならないとマニュアルが肩を落としながら零す。
飯田が深々と頭を下げ謝罪を口にすれば、他人に迷惑が掛かるから二度とするな、と頭に軽いチョップが落とされた。
規則やルールを破れば自分たちだけでなく携わる人全てに火の粉が飛びかかるならば、答えはひとつしかない。
“英断”も“功績”も、まだ“卵”である我々には必要ないから。4人は深く頭を下げた。

「――よろしく・・・お願いします」
「“大人のズル”で君たちが受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが・・・せめて、共に平和を守る人間として――ありがとう!」

面構は深々と頭を下げ、敬意を表した。てっきり批判されるだけとばかり思っていた轟が「初めから言ってくださいよ」と居心地悪そうに呟き、静はくすくすと笑った。
思わぬ形で始まった路地裏の戦いは、人知れず幕をおろす。目撃者だけが知る真実は胸の中に仕舞い込み、これから公表されるニュースから轟の父エンデヴァーに称賛の声があがるだろう。兎にも角にも此処に居る彼らの命が失われずに済んでよかったと、静は目蓋を落としてひとつ息をついたのだった。

▽▲▽

腕神経叢の損傷。飯田の怪我、特にダメージの酷い左腕は後遺症が残るとの診断が下されたのだ。手指の動かしづらさと多少の痺れがあるらしく、手術で神経移植を施せば治る可能性があるとの事だが、飯田は「俺が本当のヒーローになるまでこの左手は残そうと思う」と、戒めの意を込めて手術は先送りにすると口にした。
その言葉を聞いた緑谷が、僕も同じだと、彼自身の右手を見た。傷だらけの、右手だった。その手を握りしめて、緑谷は真っ直ぐ飯田にこう伝えた。

「一緒に強く…なろうね」

――強く、なれる。
二人の目は、姿は、そう確信するのに十分すぎた。
そして静がその様子を見守っているときだった。

「なんか…わりィ…」
「……?」
「何が……」

唐突な謝罪。轟が謝ることなんてあっただろうか。皆がエスチョンマークが浮かんでいると、彼は焦ったように、神妙な面持ちで言葉を続けた。

「俺が関わると手がダメになるみてぇな…感じに…なってる……呪いか?」
「「「!?」」」

「あっはははは何を言っているんだ!」
「轟くんも冗談言ったりするんだね!」」

大笑いする二人に比べ、静は何とか笑いを抑えようとして肩がふるふる震えている。

「いや冗談じゃねえ。ハンドクラッシャー的存在に…」
「「ハンドクラッシャーーーー!!」」
「お、お腹いたい…」

笑いが完全におさまるのに約三分ほどかかったとか。

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