12
――並盛町 夜九時。
日が落ちて薄暗く広がる空に、鈍い音が響き渡る。静まり返る住宅街に人気はなく、家から漏れる光と街灯だけが路地を照らしていた。
強く地面に叩き付けられた男――風紀委員の一人は呻きながら拳に力を込めた。曲がりなりにも自分は並盛中の風紀委員でそこそこ喧嘩の強さには自信がある、そこらの不良に遅れを取るはずはない。なのに、こいつらはなんなのだ。いきなり襲いかかってきたと思えば、あっという間に虫けらを潰すように自分を痛めつけて楽しんでいる。まるでその誇りさえ踏み躙るように。
圧倒的な力の差を痛感したその男はせめて一矢報いようと、見慣れた制服を着る襲撃犯達の顔を見ようと痛む身体に鞭を打って顔を上げた。
「よえーよえー。風紀委員恐るるに足らーず!」
歪んだ笑みを浮かべて見下ろす二人は、片や顔の中心に傷がある男は金色の髪を逆立てピンで固定し、片や頬にバーコードのような刺青がある男は白い帽子に眼鏡という、かなり特徴的な格好をしていた。そして何より身に纏うその制服は、隣町にある黒曜中のものに違いない。黒曜生が並盛生を襲撃したということは縄張り争いか?という疑問が一瞬男の脳を過ぎる。だとすればここで自分が倒れるわけにはいかない。一刻も早く雲雀に報告する必要があった。
起き上がらなければ。起きて反撃しなければ。
そう思っても散々殴られた身体は言うことを聞かず、力が入らない。ならば顔を目に焼き付けようと必死に腫れ上がった目を見開いた。
「貴様ら…何者だ…」
「んあー?遠征試合にやってきた、隣町ボーイズ?」
「それつまんないよ。早く済ましてよ、犬」
「こいつ何本だっけか?ちょっくら頂いていくびょーん!」
そう言って金髪の男がチャッと取り出したのは――硬い鉄のペンチ。
「なっ、何をする気だ!?」
「恨まないでね〜上の命令だから」
男が必死にもがいてみても、あっさりと髪を掴まれ頭を押さえつけられる。そして無理矢理口の中にペンチを捻じ込むと、ガチガチと震えて音を立てる前歯をしっかりと挟み込んだ。
「待て!や…やめ…!」
次の瞬間、骨が砕けるような音と、闇を切り裂くような鋭い男の悲鳴が夜空に霧散した。
▽▲▽
「雲雀先輩…これで四人目です」
悲しげに震える声の方へ視線を向けると、蛍が数枚の書類に目を落として身体を震わせていた。
泣くことはなかったが、今にも泣き出してしまいそうな瞳は涙を堪えるように細められている。
きゅっと噛み締めた唇は、きっと声が震えるのを止めようとしているのだろう。雲雀はそんな蛍を横目で見ながら、彼女の報告を聞いていた。
昨夜、風紀委員の一人が何者かに襲われて歯を全部抜かれていた。その第一報を受けてから今まで、被害を受けた風紀委員はこれで四人。
数は違えども、全員歯を抜かれた上でボコボコに殴られ重症という有り様だ。
最初の被害者である風紀委員からの情報によれば犯人は黒曜生らしいが、それ以上のことは何もわからない。
わかっているのは、その犯人が複数であることとかなりの強さであること、それだけだった。
誰がこんな酷いことを…と蛍は手にしていた数枚の診断書を握り締める。
そこに書いてある患者の名前はどれもこれも見知ったものばかり。
彼らのことをよく知っている蛍にとって、彼らが次々と謎の襲撃を受けていることはあまりに衝撃的だった。
そして、今もその襲撃が行われてるのではないかと思うと身体が震える。
「早く犯人を見つけなければもっと被害が増えます。
犯人もその目的もまだわからないことだらけですが、こんなの早く止めなきゃ…」
「…僕へ喧嘩売ってるってことだよ、これは」
雲雀は蛍の言葉を遮って呟き、体重を預けていた椅子から立ち上がって開かれた窓へと腰をかけた。
まだ日が昇って間もなく、心地いい爽やかな風が雲雀の髪を揺らして応接室へと流れ込む。
校庭をじっと見つめる雲雀は正体を掴めぬ犯人を射抜くように、すぅっ…と目を細めた。
「よりによって並盛の風紀委員だけ襲ってくるなんて、犯人がどんなやつか知らないけどいい度胸だね」
「はい…先輩達もだいぶ重症を負わされたみたいですし…」
「まぁ風紀委員がどうなろうと僕には関係ないけど」
雲雀にとっては実際どうでもいいことだった。全ては弱いから。もし襲撃されても強ければ何の問題もなく終わる。仮にも風紀委員のくせに弱いことの方が問題なのだ。
それよりこの並盛町で並盛の風紀委員が襲われた、という事実が気にくわない。
風紀委員だけが狙われるということはその風紀委員を束ねる雲雀にもいずれ襲いかかってくるということだろう。
…そして武闘派ではないとはいえ、蛍にも。風紀委員長である雲雀に喧嘩を売っているとしか考えられなかった。
校庭を眺めていた雲雀は、窓の縁に置かれた拳に力を込めて目を閉じた。
本当は行かせたくない。ここにいるよりは安全だとはわかっているけれど、自分の目が届かない所に彼女を行かせるのには少し抵抗があった。もし蛍の正体がその襲撃犯にバレたらどうなるかわからないのだ。
人質にされるかもしれないし、暴行されるかもしれない。それよりはここで自分が守っていた方がずっといい。
けれど――それでも、今の状況を打開するにはこれしかない。黒曜がいきなり動き出したからには何かからくりがあるはずだが、それを知るには黒曜へ行くのが一番手っ取り早い。かと言って普通の風紀委員が行けばその風貌で目立ちすぎてしまい、調査にならない。
それに蛍の書類処理と諜報活動といった情報収集は群を抜いて優秀だった。元から素質はあったのだろう、今回も被害の詳しい状況から場所まで素早く特定し、雲雀の元へ報告して来た。
これだけは言いたくなかった、と静かに息を吐いて荒ぶる己の気持ちを静める。何かが乗っているかのような、ずしりとした重みを肩に感じた。
背後で喚く蛍に「だけど放っておくわけにはいかない」と振り返った彼は、蛍をじっと見つめながら言い放った。
「黒曜生が十中八九の可能性で犯人だ」
「はい」
「黒曜に行って、犯人とそのアジトをつきとめてこれるね?」
「…はい」
きっと自分は蛍が怖がって拒否することを心のどこかで期待していたのだ、と雲雀は思った。
けれどそれ以上に虐げられている者を放っておけないのも、また蛍の性分だった。
顔見知りが襲われたことによって、その性分が顔を出したのだろう。もう知り合いが傷ついている姿を見たくなかったのかもしれない。しっかりした返事を返す蛍の瞳には強い光が灯っていた。
「情報が集められても集められなくても、潜入するのは今日一日だけでいい。
幸い日曜日だし、部活してる生徒くらいしかいないだろうから」
それと、と雲雀は棚にしまってあった白い箱を蛍に手渡した。少し大きめの箱で蛍が手に取ると少し重みがある。
開けてみると、そこには校長に用意させたという黒曜中の女子の制服が入っていた。確かにこのセーラー服では目立ちすぎて情報収集には不向きだろう、と納得した蛍はありがたくそれを受け取る。もし並盛中の生徒に絡まれた時は風紀の腕章を出せばいいだけの話だ。
その制服から顔を上げた蛍が「ありがとうございます」と言おうと口を開いた瞬間、突然応接室の扉が荒々しく開かれた。
「いっ、委員長…!また風紀委員が襲われました!」
「――蛍」
「はい」
雲雀の視線を受けた蛍がこっくりと頷いて応接室を出て行くと、雲雀は深いため息をついた。