13

蛍は目の前にそびえ立つ校門を見上げる。
先程は仲間を傷つけられたという勢いもあって意気揚々とここまで来てしまったが、実際こうして黒曜中の目の前に立つと足がすくんでしまった。
雲雀の読みが当たっていれば、風紀委員を次々と襲撃した犯人がここにいるのだ。
しかしふと疑問にも思う。ただの中学生がこんな残酷なことを平気でするだろうか。
風紀委員も柄が悪いとはいえ、殴った相手の歯を抜くなんて真似はしない。医者によると、無理矢理砕かれたり抜かれたりすれば相当の激痛を伴うらしい。
その痛さを想像してしまい、眉に皺が寄る。襲撃された風紀委員の為にも犯人を見つけ出さなければならない。

犯人についてわかっているのは複数犯ということだけ。顔を覚えている被害者はほとんどなく、覚えている者でも殴られた衝撃で記憶があやふやになっていた。
相手の顔さえわかれば――と蛍は唇を噛み締める。それさえわかれば瞬時に犯人を割り出して雲雀の前へ突き出してやりたい。それが出来ないとわかっているからこそ、悔しさで胸がいっぱいになる。
仮にもし犯人とすれ違ったとしても蛍が気付ける可能性はないに等しく、逆に蛍が犯人を見つけ出しに来た並盛の風紀委員だと知られてしまえば、無事に帰ることは出来ないかもしれない。
今更ながらその危険性を感じ、頬に冷や汗が伝う。蛍はスカートの裾をぎゅっと握り締めた。
大丈夫――大丈夫だ。バレないように細心の注意を払ってここへ潜入を試みているのだから、バレる確立は限りなく低い。
慌てれば慌てるだけ不審さが増すことになる。緊張しきっている心臓を落ち着かせるように深く息を吐き出した。
さっき雲雀から貰った黒曜中の深緑の制服に身を包み、膝下までのハイソックスに革のブーツという、他の黒曜生と何ら変わらぬ格好の蛍は完璧に変装していた。
それにちゃんと情報を聞き出せるような会話も練習しておいた。あとは度胸だ、とついに決心して校門を潜る。
日曜日ということもあり校舎内に人影はなく、部活に勤しむ生徒だけがグラウンドに存在していた。
それぞれ練習に打ち込んでいるということも重なってか、校舎に侵入した蛍に気付く者はいなかった。
もし彼女を見かけたとしても、黒曜の制服を着ているおかげで怪しまれることはない。忘れ物でも取りに来たのか、と思われる程度だ。
これ幸いと周りを見回していた蛍は、とりあえず犯人に繋がる情報を得ようと、近くにいた女子生徒に声をかけてみた。

「あの…」
「はい?」

恐る恐る蛍が話しかけるとその少女は怪訝そうに顔を歪めていたが、蛍が「明日から転校してくるのでその下見に来た」と告げると納得したように頷いた。
聞けば、休日に制服を着てグラウンドに近付いてくる生徒など滅多にいないと言う。
明るく朗らかなその少女はかなりのおしゃべり好きらしく、蛍が聞く前に色んなことを教えてくれた。
黒曜の部活は何が盛んだとか、学校内の詳しい配置とか、普段はありがたく聞きたいところだが、状況が状況だけに関係ない会話に華を咲かせているわけにもいかない。
適当な所で話を区切り「最近ここらへんの学校で不良が襲われてるって聞いたんだけど…」と話を切り出すと、その少女は初めて聞いたとでもいうように目をパチパチさせていた。

「…そうなの?私は初めて聞いたけど…」
「じゃあここの学校の不良は襲われてないってことなんですね」

犯人はやっぱり黒曜生か、と見当をつけた蛍はとっさに笑顔を作り「よかったですね」と笑ったが、対照的に少女は首を振ってそれを否定した。

「確かに襲われたって話は聞かないけど、それってうちの学校に不良がいないからじゃない?」
「え?皆さん真面目な方なんですか?」
「ふふ、それが違うんだな。不良がいるにはいるんだけど、ある一人の生徒がその不良達をボコボコにしちゃって大人しくさせてるの!つまり不良のボスになったってわけね」

それだ。可能性がありそうな話になってきたと思った蛍は、少し興味があるようなふりをして更に話を聞いた。

「そんなにすごい人がここにいるんですか?」
「っていっても最近…一週間前くらいに転校してきたばっかりなんだけどね。六道骸くんって言うんだけどこれがかっこいいのよ!紳士って感じ?喧嘩がすっごい強いのに優しいし成績優秀だしパーフェクトね!
いつも一緒に転校して来た柿本くんと城島くんと三人でいるみたいだから、なかなか私達も近寄れないんだけどさー」

六道骸。それが今回の襲撃犯である可能性は高い。
もしこの少女の話が本当なら、黒曜の不良が喧嘩をふっかけてきたというのはありえない話だし、むしろその不良達のトップに立っているという彼の方が十分怪しい。
時期的にもちょうど合うはずだ。そして、複数犯という条件も満たされる。

六道骸という少年の話になると俄然興奮してきた少女は、口を休めることなく彼についての情報をもたらしてくれる。
転校初日から女子の人気を独り占めだとか、ちょっとどこか人を寄せ付けない所があるだとか、家を突きとめようとひっそり後をつけても必ず逃げられてしまうとか、次々と得られる情報を必死に頭の中に記憶する。
しかし明らかに彼に好意を持っているこの少女に根掘り葉掘り聞くのもおかしいか。あまり興味を持ちすぎると不審に思われてしまうかもしれない、と判断した蛍はこの辺で切り上げようと少女に頭を下げた。
彼が犯人だとすれば必ずアジトがあるはずだ、と、たくさんの情報をくれた少女に心の中で謝りつつ別れを告げる。そして踵を返し、校舎内にそれらしき人物はいないかと自慢の俊足で駆け出した。
これ以上ここに長居する理由はない。もし今この学校内のどこかに六道骸がいるとすれば、早く見つけて後をつけなければ――…。
そう考えていた蛍の前に突然物陰から何かが飛び出す。驚いてそれを避けようとするがすでに遅く、思いっきりぶつかってしまった蛍は大きな物音を立てて座り込んだ。
すると直ぐに、「大丈夫ですか?」という声と共に手が差し伸べられた。

「すいません、僕の不注意で貴女にケガをさせてしまったみたいで…」

そう言って心配そうに眉を寄せる目の前の少年に、蛍は一瞬呼吸することを忘れた。
なんて綺麗な瞳なんだろう。海のように青い片目と血のように赤い片目、対照的な瞳を合わせ持つ彼の顔に釘付けになってしまう。顔をまじまじと眺めるのも失礼だと思ったが、その神秘的な瞳から目が離せなかったのだ。
少年が再度「立てますか?」と言い、蛍は素直に手を取った。

「こちらこそ、すみませんでした…」
「いいえ、僕はなんともないですから気にしなくても大丈夫ですよ」

そう言って少年はにっこりと笑う。思っていたよりずっと優しい人らしい。いつまでも地面に座りこんでいる蛍を立たせて、服についていた埃を払う。
「はい、綺麗になりましたよ」と笑いかけてくれる少年に感謝しつつ、蛍は無礼を謝った。

少しだけ微笑んだ少年に「それよりお急ぎみたいでしたが大丈夫ですか?」と言われ、はっと我に返って本来の目的を思い出す。
「あ…あの、六道くんを見かけませんでしたか?」と尋ねると、彼は笑みを崩さないまま口を開いた。

「彼に何か用件でも?」
「用事というか…興味というか…」
「彼はこの学校内でも有名だと思ってましたが、貴女は知らないみたいですね」
「は、はい。明日から転校してくるんです。今日はその下見に…」
「そうなんですか」

――この人、鋭い。
相槌を打つ少年を見つめながら蛍は息をついた。どうやら上手く誤魔化せたようだが油断は出来ない。
賢いこの少年とずっと話していると、いつか自分の周りに貼られたメッキが剥がされてしまいそうだと思った。
蛍がそんなことを思っているとは知らないであろう少年は、世間話を楽しむかのようにニコニコと笑っている。
しかし次の瞬間放たれた言葉に笑うことが出来なかった。

「では並盛に転校しなくてよかったですね。友人から今聞いたんですが、何でも最近並盛中の生徒達が次々と襲われているらしいんです」
「…そうみたい、ですね」

未だ意識が戻らない風紀委員もいるという。そのことを考えると思わず胸が痛くなる。
…彼らの為にも一刻も早く六道骸を探さなければならない。
伏せていた顔を上げた蛍は「それでは失礼します」と頭を下げて少年から去ろうとしたが、そんな彼女の背中に少年の声がかかった。

「ああそういえば六道くんは見ませんでしたが、噂によると旧国道の一角にある建物に彼が住んでいるらしいですよ」
「旧国道…?そこにいるんでしょうか」
「あくまで噂ですが、何かのお役に立てるかと」
「あ…」

蛍がお礼を言う前に、にっこり笑った少年はスタスタとその場から立ち去ってしまった。彼の背中を追うようにして伸ばされた腕を戻し、ぎゅっとその手を握る。
旧国道…そこに六道骸がいる。敵のアジトがある。もしその噂が間違っていたとしても、ほんの少しでも彼に繋がる可能性があればそこから何か見つけられるかもしれない。素早く踵を返した蛍は、その建物について詳しく調べようと黒曜中から慌てて駆け出した。

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