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「…骸様、ここにいたんですか」
「千種ですか」
「犬が帰ってきません。あいつ何位まで狩るつもりなのか…」
黒曜中の屋上でフェンスに寄りかかりながら下を眺めていた骸に、千種は呆れながらため息をついた。
元々獲物は半分ずつと決めていたのにそれはあっさりと破られ、15位狩りに行ったきり帰ってこないのだ。犬の性分を考えると約束すること事態が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
頭が痛いと額を押さえると、骸は笑みを浮かべながら振り返りフェンスに背中を預けた。
「それより千種、もうすぐ面白いことが起こるかもしれない。例の並盛の飼い猫がここまで入り込んできましたよ」
それに反応して、千種はピクリと眉を吊り上げた。
「恐らく彼女は一般人でしょう。マフィアさなんて微塵も見当たらない…いや、マフィアじゃないことを期待しているのか…。
とにかくあの猫は可愛らしくて一番のお気に入りですね。また会いたいものです」
クフフと笑った骸は先程のことを思い出していた。ほんの少し会話の中に罠をかけただけで簡単に引っかかるとは、何とも可愛らしい。
六道骸を探しているというあの少女はおそらく並盛中の生徒だろう。
まだ一部しか知りえない並盛生の襲撃を知っていて、尚且つ悲しげな顔をしていたということは、襲撃した生徒の中に顔見知りでもいたのか。
その情報の早さと、犯人が黒曜にいるとまでわかっているのなら並盛でも重要な位置にいる可能性もある。
単身で黒曜に乗り込んできた少女。もし彼女にもう一度会うことがあれば、その時は――…。
「…帰りましょうか、千種」
ちらりと並盛町の方向へ視線を走らせた骸はアジトへ帰ろうと出口へと向かった。
「(もしもう一度会えたら、その時は僕と遊んで下さいね――…)」
▽▲▽
カタカタと鳴る機械音と共に吐き出された紙を蛍は霞んだ目を擦りながら受け取った。
昨日掴んだ情報から敵のアジトを特定しようとしてパソコンと向かい合ったのはいいが、もう既に空が白み始めている。
蛍は徹夜で情報収集に明け暮れていたのだ。
重い肩を叩きつつ窓を開けると冷たい風が流れ込み、ぼやけた意識を覚醒させる。
一晩中頑張ってくれたパソコンの画面は煌々と光を放ち、ある画面で静止していた。
――黒曜センター・黒曜ヘルシーランド
黒曜の旧国道の一角に位置するアミューズメントパークで、動植物園・カラオケ・映画館といった様々な施設を有する複合娯楽施設。
子供からお年寄り、家族連れなど、多数の入場客に恵まれていたが、一昨年の台風によって起こった土砂崩れにより封鎖された。改築計画もあったらしい。
なお、現在は土砂崩れによって地盤が緩み、建物が崩壊する危険性が示唆されているため固く封鎖されており、立ち入り禁止になっている。
そしてその下には黒曜センターまでの地図が記載され、開園していた頃の写真も添えられていた。
月日が経てばこんなに変わるものなのかとプリントアウトされた紙を手に取り、実際に昨日見た建物の風貌を思い出す。閉鎖された黒曜センターは今にも崩れ落ちそうな建物だったのだ。
昨日、黒曜生から情報を得た蛍は、実際この目で確かめようと黒曜センターへと足を運んでいた。
あわよくば六道骸がその建物内に入っていく所を見たかったが、しばらく待っても誰も入って行かない様子だったので帰ってきたのだ。
六道骸どころか他の人間さえ通りかからないような、閑静でさびれた場所だったから仕方ないのかもしれない。
けれど建物の窓から一瞬だけ見えた黒曜中の制服を見間違えるはずもなかった。
遠すぎて顔すら判別することが出来なかったが、黒曜生がそこにいることは確定したのだ。
そして蛍は黒曜生の少女の言葉を思い出す。
『ある一人の生徒がその不良達をボコボコにしちゃって大人しくさせてるの!つまり不良のボスになったってわけね』
もし一瞬だけ見えたその黒曜生がその不良だとしたら、間違いなくその中心である六道骸もそこにいる。
黒曜センターを根城として不良達を操っているのではないだろうか。そう予想した蛍は黒曜センターが敵のアジトだと確信する。
そして急いで家に帰って、黒曜センターについて調べ始めたのだ。
今にも寝てしまいそうな睡魔が襲うが、それを無理矢理振り切った蛍はもう一枚机に置かれていた紙を手に取った。線だけで構成されたその紙。黒曜センター内の見取り図は最も入手するのに困難だった。
建設業者を割り出して「課題のレポートで使いたい」などの上手い言い訳をしながら、やっとのことで見取り図をコピーさせてもらったのだ。もし雲雀が乗り込もうとする時はきっと役立つであろう。
「(雲雀先輩が犯人達を捕まえれば…終わるんだよね)」
今だ黒曜中の制服に身を包んでいる蛍は風紀の腕章を腕に取りつけながら時計の針が登校時間であることを確認する。
昨日無事に調査が終わったことを電話で告げると、彼は少しだけ時間を置いてから「…そう、じゃあ明日報告は聞くよ」と言ったから、きっともう登校していることだろう。
二枚の紙を丁寧に鞄にしまった蛍はいつもの通学路を通って学校へと向かう。
すると、途中で人が固まって何か口々に言い放っていた。がやがやと騒がしい人だかりは皆心配そうに顔を寄せ合っている。
何か起こったのだろうか、と恐る恐るその脇を通り抜けようとしたその時目にしたのは、人垣の中心にいた人物が担架で救急車に運ばれている所だった。
救急隊員が忙しなくジャージ姿の少年の周りを取り囲んで早口で指示し合っている様子から、その少年はかなりの重症を負っているようだ。
顔は腫れ上がり、額と鼻からは大量の血が流れて頬を汚し、身体中は殴られて変色していた。
運ばれていた男は蛍が並盛でもよく知っている人物だった。
「笹川先輩――…」
まさか、だって襲われているのは風紀委員だけのはず。
笹川先輩はボクシング部に所属しているただの一般生徒なのだから襲われることはないのに、どうして…!
笹川が救急車で運ばれていく様子を呆然と見つめていた蛍は、静かに震える手で携帯を握り締めた。