18

パタンと携帯を閉じた草壁は、目の前のベッドに横たわっている風紀委員に「早く治せよ」と声をかけて病室を後にした。襲撃犯の被害に遭った風紀委員は力なく頷いて「お見舞いありがとうございました」と手を上げる。
医者によると、歯が数本抜かれた上に身体中暴行されて重症を負った彼は全治3週間だという。歯はさし歯にするにしても、ひびが入っている骨は治るまで相当の時間がかかるだろう。顔から何から包帯で覆い尽くされた身体は、見ているだけで痛々しかった。
扉を開けて一歩廊下に出たその先には風紀委員の一人が立っている。草壁が近付いていくと「お疲れ様です」と一礼して後についてきた。いくら風紀副委員長の草壁といえど、今一人で行動するのは危険極まりないことになっているのである。その為二人一組での行動を厳守とし、今だ正体がわからない敵からの襲撃に備えていた。
そしてそれは風紀委員の一人である蛍とて例外ではない。むしろ雲雀から彼女を守ることをきつく言い含められていたからか、特に戦闘能力のない彼女が襲われることを彼は危惧していた。学校と病院といったように離れていては彼女に危険が迫っても守ることは出来ない。そう考えた草壁はついさっき蛍に電話した。あの群を抜いた足の速さなら、十分もたたないうちに彼女はここへ到着することだろう。もしその途中で襲撃犯に会ったとしても彼女の足にはついてこれまい。それでも確実に姿を見るまでは安心出来ず、せめて途中まで迎えに行こうと、草壁は部下と共に病院の玄関へと向かう。
風紀委員であるその部下は、草壁にある報告を持ってきていた。

「では委員長の姿が見えないのだな」
「ええ、いつものようにおそらく敵の尻尾をつかんだかと…これで犯人側の壊滅は時間の問題です」
「そうか…沢田だな」

草壁は咥えていた葉っぱを持ち直して口の端を上げた。目に浮かぶのは、弱々しい普通の少女。どこにでもいるような一般生徒だ。
けれど彼は知っている。蛍が委員長である雲雀に忠実なこと、風紀委員の誰よりも知識を有し知恵があること、意外と芯は強いこと――雲雀が突然どこからか見つけてきた少女は、今や風紀委員の中でも重要な地位を占めていた。
それは雲雀の加護を受けているからということだけではないだろう。
雲雀が動いたということは彼女が何かしら情報収集をしたからだと予測はつく。
日々雲雀の下僕として命令通りに動いている蛍は、彼の手となり足となっている。雲雀がどこへ向かったのかは彼女だけが知っているのだろう。
常に一人で行動する雲雀は、以前に同じようなことがあった時もたった一人で敵のアジトへ赴き、いとも簡単に一人残らず敵を殲滅してしまった。
草壁は何も意見せず、ただ彼の足手まといにならないように努めるだけだ。それが副委員長の務めだとも思っている。
最強である彼に味方は必要ないということを寂しくも思うが、事実彼は一度も誰かに頼ったことも負けたこともない。だから今回も静観しようと決めた。
自分に唯一出来ることは、彼の命令を守ることだけなのだから――…。

「沢田」

玄関に到着した草壁は、入ってすぐの所に立っていた少女の肩をポンと叩いた。それに小さく反応して肩を揺らした少女はゆっくりと振り返って「草壁先輩」と笑みを浮かべる。
困ったように眉尻を下げて微笑む、セーラー服を纏った少女。それは黒曜中の制服に風紀の腕章をつけているはずの、沢田蛍に間違いなかった。

「大丈夫だったか」
「はい。犯人どころか道には誰もいませんでした。…やっぱり今回のことで皆怖がってるみたいで…」
「そうか…だが向こうは複数犯だ、まだ襲撃される可能性も捨て切れない。
沢田には悪いがこれから俺達についてきてほしい。
委員長からお前の安全も任されているが、風紀委員としてこれ以上被害を出さないように並盛の警護をしたいんでな」
「それはもちろん、私からもお願いします」
「ところで沢田…黒曜の服はどうした?」

草壁の言葉を聞いた途端に彼女の肩がぎくりと飛び跳ねる。ばつの悪そうな顔をして頬をかいた蛍は、苦笑いして「着替えてきました」と呟いた。

「やっぱり私こっちの方が合ってます。
あの服はなんというか…その…仲間外れみたいで嫌なんです。…雲雀先輩には内緒にして頂けませんか」
「お前な…知らんぞ」

多分このことを雲雀が知れば烈火のように怒るだろう。外見はとても静かなのに、その内面はマグマより熱く沸騰しているのを草壁は身をもって知っている。
そしてその怒りは蛍ではなく自分に向けられるということも。
それでも自分より随分背が低いこの少女を怒るなんて、まるで小動物を虐めているような気がして彼には出来なかった。
しょうがないな、と一つため息をつくと、蛍はたった今思い出したかのように腕章をポケットから出して取り付けていた。
そして彼女と部下と共に病院の外へ一歩踏み出した、ちょうどその時。

「お、四位はっけーん!オレって超ラッキーじゃん」

彼らの前に突然現れたのは、金髪の髪を無造作に固めて前髪をピンで固定し、顔の中心に一直線に傷跡がついている少年。
四位と指差された草壁はピクリと眉を動かして「こいつが犯人だ」と直感で閃いた。
こいつが風紀委員を次々と襲った襲撃犯のうちの一人なのだ、と。
黒曜中の制服を身に纏っているその少年は、尖った犬歯を見せてニヤリと笑った。

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