運動も勉強もダメで何事もすぐに諦めてしまう、うだつのあがらない落ちこぼれの少年・沢田綱吉(通称ダメツナ)の前に家庭教師として現れたのは、ヒットマン(殺し屋)を名乗るリボーンという名の赤ん坊。
リボーンの目的はただ一つ、ツナをイタリアンマフィア・ボンゴレファミリーの10代目ボスとして立派に育て上げること。
9代目から依頼を受けたリボーンは頭を撃たれた者が撃たれた時に後悔したことを死ぬ気で頑張ってしまうというボンゴレに伝わる秘弾「死ぬ気弾」を使い、ツナをマフィアのボスに相応しい人間とすべく「教育」を始める。

そして、巡り巡ってツナにも様々な仲間ができた。
獄寺隼人。自称ツナの右腕、ダイナマイトが武器の殺し屋。
山本武。運動神経抜群、野球部のエース。
笹川了平。ボクシング部に所属する、京子の兄。常に熱い男。
笹川京子。ツナが憧れているクラスのマドンナ。
三浦ハル。ツナに恋する少し天然でドジな少女。

他にも家にはマフィアに関わる人物達が住み込むように。
ビアンキ。リボーンの4人目の愛人で、フリーのイタリア人殺し屋。通称「毒サソリ」。
ランボ。ボヴィーノファミリー出身の殺し屋。5歳児。
イーピン。香港生まれの殺し屋(ヒットマン)で通称「人間爆弾」。

沢田家は数日のうちに、一気に騒がしくなったわけだが
この家にはもう一人、忘れてはならない重要な人物がいるのである。

「行ってきます」
「は〜い、行ってらっしゃい」

元気な母の声を背に玄関に向かう少女。
黒く艶やかな髪をなびかせ、硝子細工のような藤色の瞳をし、その白い肌と相俟って、正に花顔雪膚という言葉が相応しい彼女の美貌は誰をも魅了するであろう。
彼女の名前は沢田蛍。綱吉のれっきとした双子の姉である。
毎朝、弟より早く起きて、家の手伝いをし、弟が起きる頃に彼女は家を出る。
それ故、二人が一緒に登校することはまずなかった。決して仲が悪いというわけではなく、寧ろ姉弟の仲は良好だ。
ただ品行方正な彼女にとっては、この時間帯が最適な登校時間になっただけのことである。

「ダメツナと違って姉の方は容姿端麗、文武両道。
ほんと同じ血を分けた姉弟には思えねーな」

赤ん坊でありながらも、ツナの家庭教師のリボーンが不適に笑っていた。



「おはようございます沢田さん!」
「おはよう…ございます」

いつも通り登校すると、風紀委員の先輩達が蛍に次々と挨拶してくる。
まるで蛍の通る道を導くように二手に分かれ、花道を一瞬にして作る姿は圧巻だ。
彼女にとっては、もうすでに日常と化してしまった光景とはいえ未だそれに慣れることが出来ず、僅かに顔を下に向けて足早に歩いた。
昔からの伝統なのか、それとも委員会内での暗黙の了解でもあるのか、体育会系並みに上下関係に厳しい風紀委員は、蛍を特別な存在として扱うのだ。
彼女自身は一応、一般生徒だというのに。
元々、入学時からその容姿で学校のマドンナ的存在だった蛍だが、ある日を境に別の意味で注目されるようになった。

鞄を抱えるようにしてやっと花道を通り抜けた百合は校舎の中へ入った。
靴から上履きへ履き変えた百合が次に向かう場所は自分の教室ではなく、応接室。
いつも我が委員長が根城にしている場所だ。
何故風紀委員会の活動場所が応接室かというと、家具も暖房器具も一通り揃っていて、学校の中では一番快適な部屋だから、という安易な理由である。
それだけで応接室に入り浸り、なおかつそれを許されるのはこの学校にただ一人。

応接室の前に立った蛍は、コンコンと一応扉をノックして人の有無を確かめた。
と言ってもここにいるべき人物は返事なんかしないのだが、一応念の為である。
返事がないのを承知で静かに扉を開けると、蛍の予想通り彼は黒いソファーの上で惰眠を貪っていた。
それを目にすると今までの表情とは一転、僅かに笑顔を見せる百合。

「…おはようございます、雲雀先輩」

百合がその人物に小声で声をかけると、彼はゆっくりと目蓋を開けた。
む、と不機嫌そうな顔をして起き上がる雲雀、それに対しての反応は普通なら「咬み殺される!?」と、顔を青ざめるのが当然なのだが
何故か蛍の表情は柔らかく、怖がっている様子など微塵も見られない。
そして彼女はコップに水を汲んで差し出し、無言でそれを受け取って飲み干す雲雀の姿をじっと見ていた。

「…味がしない」
「お水ですから」

味は変えられませんよ、と言い蛍は慣れた手つきでコップを片付け始めた。
ふわぁとあくびを漏らした雲雀が伸びをして立ち上がり窓を開けると、清々しい風が頬を撫ぜた。
七時過ぎのこの時間に登校してくる生徒はまだ少なく、校庭にも朝練をしている部活の部員がちらほら見えるだけだ。

この学校で蛍は唯一、女子の風紀委員。
そして委員長は雲雀恭弥。
彼と彼女の関係の始まりは、4月にまで巻き戻される。

▽▲▽

まだ桜の花が咲き誇っている、春の季節。

「蛍ちゃ〜ん、今帰りぃ?」
「家まで送るよー」
「一人じゃ寂しいっしょ」

放課後、蛍は一人で帰ろうと下駄箱で外靴に履き替え、校門近くまで歩いていたときだ。

「オレら、入学式からずっと蛍ちゃん狙ってたんだよね〜」
「そうそう。だって学校一可愛いって有名だからさ」

この学校に入学して以来、蛍は並盛中一の美少女として、学校中にその名が知られている有名人だ。
そんな彼女とお近づきになろうと、あからさまなお誘いをしてくる輩は後を絶たないが、大人しい蛍はそれらをキッパリ断る勇気を持ち合わせておらず、対処法は一つしかない。

「…っ」
「あ!逃げた!」
「チッ、追うぞ!」

男達とは反対方向の校内へと走る蛍。
室内に入ると逃げ道を塞がれる可能性もあるので、一先ず中庭方面を目指し、隙を見て学校を出る作戦だ。
しかし逃げる女子を追うガラの悪い男性生徒達。分が悪いのは目に見えていた。
数分後――

「つっかまえた〜♪」
「や…っ、離してください…!」

グッと腕を掴まれ、一人の男に行く手を阻まれてしまった。
その上、体力が切れてしまったせいか足元がグラつき、その場に座り込んでしまう始末。

「逃げることないじゃん」
「オレら、蛍ちゃんと仲良くなりたいってだけだよー」
「だからさぁ、イイコトしようぜ?」

気味の悪い笑みを見せている男達。中学生とはいえ、ここまでくると犯罪行為になる。
この先の悪夢が頭を過り、蛍の瞳はうっすらと涙が浮かんだ。
もうダメだ。そう思ったときだ―――

「ねぇ、…そんなに僕に咬み殺されたいの?」

聞こえてきたのは低い声。
蛍は群がる男達の隙間から視線を懲らすと、
一般生徒が着用しているものとは別の黒い学生服が見えた。そして特殊な腕章も。

「あ、あんたは…!!」

男達の一人が恐怖に支配されたかのように、顔面蒼白になりつつ震えた声を絞り出した。

「弱いヤツほど、よく群れる」

そう。そこには並盛中の風紀委員長こと雲雀恭弥が立っていたのだ。

それから一分と経たなかった。
先ほどまで蛍の前に群がっていた男達は、全員地面に顔を付けて倒れている。
その様子を、蛍は目に焼き付けるかのように瞬きもせず見つめていた。

並盛中最強最悪と名高い雲雀恭弥はなんと不良でありながら、不良達の頂点に立つ風紀委員長で、群れている草食動物…つまり集団行動をしている人物に容赦なく攻撃することで有名な生徒だ。
噂によると、仕込みトンファーで殴られて病院送りにされた生徒は数知れず。
そして群れを嫌う彼なら、不本意だが男たちと一緒にいた蛍も攻撃されるのが自然。

しかし――その雲雀恭弥は、力なく座り込んでいる彼女へと視線を向けた。

「――ねぇ、君って1−Aの沢田蛍でしょ」
「…え?」

てっきり殴られるものだと思っていた蛍は、いつまで経っても殴られる衝撃が訪れないばかりか、
唐突に質問を投げかけられて、どうして彼は自分の名を知ってるんだろう?と疑問符を浮かべた。

「はい…そう、です…」

緊張のせいか蛍は自身の声が、いつもより小さくなっていることを感じた。
それでも雲雀の耳には届いていたようで、彼は「ふぅん」と納得したように言った。

「キミのことは聞いてるよ。
入学式以降、並盛中の生徒が注目しているらしいって……その所為で群れる小動物が増えた、ということもね」

即ち。彼はこう言いたいのだろう。
蛍に興味を持つ者が大勢いることで、先ほどのように、群がって騒ぎ出す生徒達も増えた、と。
群れを断じて嫌う雲雀にとって、これほど最悪な原因はないだろう。

「……ごめんなさい」

瞬時にそう理解した蛍は謝罪を述べる。
自分が意図的に招いた結果でないにしろ、今はこうするのが最善の行動だ。
しかし、そのとき彼が返した言葉は意外なものだった。

「…まぁ別にそんなのどうでもいいよ」

不思議に思い、蛍はそっと雲雀を見上げる。
雲雀は鋭い目つきをしているが、それが彼の通常の顔なのだろう。別段怖いとは感じなかった。

「けど、原因であるキミを野放しにして、小動物が群がるのを一々処理するのも面倒だからね」

スッと雲雀は百合へと一歩近づいた。

「キミには明日から、風紀委員長補佐として働いてもらう」

拒否権はないから、最後にそう付け足して雲雀はスタスタとその場を去って行く。
黒い学生服を風にたなびかせながら。
その後ろ姿を見ていた蛍の頬は、咲き乱れる花びらと同じ――桃色だった。

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