澄み切った青空に威勢よく響き渡る笛の音を合図に、生徒達が一斉に走り出す。
もちろん蛍とて例外ではなくクラスメイト達と同じく地面を蹴った。
ちなみに本日は陸上競技の測定の真っ最中で、50mの短距離走を計っていた。
恐らく大変の生徒が、面倒だの、走りたくないだの、と文句を心の中に秘めて、憂鬱な気分で体育の授業に出ている。
しかし蛍にとって、殆どの授業は特に気に留めるようなことはなかった。
何故なら――

「おお、さすが沢田姉!
相変わらずトップの記録だな!」

文武両道完璧人間と呼ばれる彼女は、いつもそつなく上位の成績を収めているからだ。

「ほんと蛍さんって憧れちゃうわよね!」
「全くだ!やっぱダメツナとは大違い!」

賞賛の声を述べるクラスメイト達だが、そんな彼らに目もくれず蛍は一人の男子へと歩み寄った。

「…大丈夫?」
「あ、姉ちゃん…」

双子の弟である綱吉だ。
姉と違い、運動音痴である彼にとって体力測定や記録更新などは苦痛でしかなく、
毎回毎回憂鬱な気分で体育の授業に出ているのである。
それを気遣ってか、蛍は優しく声をかける。

「いや、もうすぐ体育祭の季節だなーって」

体育祭の季節。それは一年間の中で最も憂欝になる時期である。
ツナには体育祭は苦痛を与えられる行事でしかなく、毎年どうやって学校を休もうかと考えるくらい嫌だった。
何しろ得意な種目が一つもない。

「唯一の救いは…姉ちゃんと一緒のチームになれることぐらいだよ」

並盛中の体育祭のチームは縦割りで、A・B・C組に分かれて作られる。
ということは、A組であるツナと蛍は一緒のクラス故にチームも同じになるはずなのだ。

▽▲▽

その日、蛍は帰宅途中にある川原に着いた時、見慣れた顔がいるのに気付いて足を止めた。
自分の弟であるツナだ。そして獄寺と京子の兄、笹川了平という珍しい組み合わせに首を傾げた。
同じクラスの獄寺はまだしも、学年が違う笹川と交流があるなんて知らなかった。
もしかして仲がいいんだろうかと思ったが、獄寺と笹川は殴り合いの喧嘩をしているからそれはないだろう。
山本は彼らを仲裁しようとまあまあと宥めているようだが効果は薄そうである。
ツナは川の中にびしょ濡れで座っているし、こんな川原で彼らは一体何をしてるんだろうか
という疑問ばかりが蛍の頭に浮かび上がる。

「山本君?」
「お、蛍じゃん。今帰りなのか?」
「…こんな所で何をしてるの?寒中水泳?」
「姉ちゃん!」

思い切って山本に声をかけたはいいものの、爽やかに話題を逸らされそうになった蛍はツナの方に振り向いて眉を顰めた。
どういう状況になったらパンツ一丁で川にダイブを決行するのだろう。
まだ風が冷たい季節だし、どこかの野球団が優勝したわけでもあるまいに。
寒さでガタガタと震えているツナを見て、鞄を漁りタオルを取り出した蛍はそれを差し出した。

「ありがとう…っ」
「風邪を引いてはダメよ」

タオルを受け取ったツナが体を拭き始めた頃、蛍は疑問に思っていたことを口にした。

「一体何をしていたの?」
「棒倒しの練習だぞ」
「……パオパオ老子」
「え、姉ちゃんパオパオ老子知ってんの!?」

こいつはリボーンだよ!と言うツナの主張もあったが、『パオパオ老子と呼べ』とカンペが貼られた板を持つリボーンを見て、空気を読まない蛍ではない。

「十代目のお姉さま!この度十代目は、棒倒しの総大将になったんですよ!」

笹川と喧嘩していたはずの獄寺がいつのまにか蛍の横に立ち、えっへんと言わんばかりに胸を張っている。
彼にとってツナはこの世で最も尊い存在なのだろう。
ツナに心酔していると言っても過言ではない獄寺が、さらにその心酔しているツナの姉である百合に嘘をつくはずがないから、彼の言葉は全て事実なのだろう。
いつのまにか蛍の知らぬところでツナは総大将になってしまったらしい。
自分から立候補するような性格ではないから、恐らく押し付けられる形で決まったに違いない。

「今日の放課後、体育祭の件でA組で集まりがあって…。
その時に。っていうか、姉ちゃんはどこ行ってたの?」
「放課後は風紀の仕事があるから、雲雀先輩と一緒に」

それを聞くと、ぐっと獄寺は口を塞いだ。
未だに雲雀に負けたことがショックで厄介な存在になっているようだが、さすがに蛍の前で悪口を言う気にはなれなかったらしい。
山本も何か思うところがあるようで口を噤んでいる。
すると、すっかり静まり返り暗く重い雰囲気が漂うこの場の空気を払拭するように、雲雀と彼らの事情を深く知らないであろう笹川の朗々とした声が響き渡る。

「まぁ何にせよこの調子で頑張るんだ沢田!A組の未来はお前にかかっている!!」
「さ、笹川先輩…」
「お前もだぞ沢田姉!京子からお前の運動能力の高さは聞いている、A組のホープになれ!!」
「そんな…」
「極限必勝!!」

エイエイオーッ!!と言わんばかりに天に突き上げられた拳。
爛々と輝く瞳を見れば、彼がいかに体育祭に情熱を注いでいるか一目瞭然だ。
一人熱意を燃やしている笹川とは裏腹に、これ以上ないくらい落ち込んでいるツナを励ますように、蛍は優しく肩を叩いた。

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