成宮家3


うちの家はガレージからは、玄関に回らなくても家の中に入れるようにしてある。ガレージから入ればすぐ風呂場の隣に出るようになっている。チビたちがサッカーで泥だらけになってもすぐに風呂場に直行できて便利だ。
風呂場からリビングもすぐ隣で、いつもならリビングからテレビや人の声が聞こえてくるのに、今日は静かだ。

疑問に感じながらリビングの扉を開けた。
そしてリビングの光景を目にして立ち止まってしまった。嫌な予感は大当たりだったみたいだ。

リビングでは次男に五男が縋り付くように抱きついている。三男と四男も頼りなげにその少し後ろに立っている。
母の姿は見えないが、親父がソファの上で仁王立ちして自分によく似た顔の子供たちをすごい形相で見ていた。

構図としては、親父VS息子たち。

7年前、親父はメジャーの契約続行を断り日本の古巣に戻ってきた。そして3年前に引退、去年までは少し試合の解説のゲストやバラエティの番組なんかにも出てたけれど今はほとんど家にいる。家にいて、小学校に入学した末っ子の五男と日がな一日遊んでいる。オレから3番目までは、親父に家で遊んでもらった記憶はほとんどないといっていい。4番目はまだ小学校に入ったころに日本に戻ってきているので、多少はあるかもしれないが、シーズン中は家にいないも同じようなものだった。そういう点でいえば、小さい時から親父に遊んでもらっている五男だけが親父に無条件に懐いているといってもいい。その五男が親父に背を向けて次男にすがりついている。

泣いてねぇのか、いや、大泣きして一段落ってとこか。

ある程度現状を把握して、部屋の中へと入る。

「ただいま」
「あ、兄貴…」

次男はオレに気づくと、あからさまにほっとした表情を浮かべた。

「何だよ、またそっちの味方が増えんのかよ」

あからさまに不機嫌な親父の声。つーか、味方とか、ほんとおまえいくつだよ。

「味方も何も、何がどうなってんのか、さっぱりなんだけど」
「コイツが来んなって」

さっぱりだと言っているにも関わらず、順序を無視して親父が五男を指さして言う。だから説明しろ。説明を。
オレの苛立ちを察したのか、次男がオレを見てため息をついた。

「参観にね、来ないでって言ったみたいなんだ」
「は? 参観?」
「今週末の日曜参観だよ。親父は行く気満々みたいだったんだけど、コイツ、来てほしくないって」

次男はよしよしと自分にひっついている五男の頭をなでてやる。五男はまた次男にしがみついている手に力をこめた。

「じゃ、行かなきゃいーじゃん」

つーか、オレら来てもらったことないし。たぶん去年までは四男の参観にも行ってないはずだ。

「行くっつってんだろ!!」

親父が大きな声を出す。すると五男はまた堪え切れなくなったのか泣き出した。くそ、思わず舌打ちが出た。
それがまた親父のカンに触ったらしい。

「何だよ、その舌打ち」
「親父が行かないって言えば話は収まんだろ」
「行くっつってんだろ」
「聞き分けねぇな、大人のくせに」
「永遠の小6ってコピーつけられたオレだぞ!」
「しるか、そんなもん!つーか堂々と言うことじゃねぇ!」

無意味に言い合いをしていれば、ようやく天の助けとも呼べる人が入ってきた。

「あらあら、まぁ、どうしたの?」

オレの後ろから落ち着いた女性の声が聞こえてくる。
母が帰ってきたのだ。そして先ほどのオレと同じく、リビングで親父と子供全員の騒動に驚きを隠せないようだった。
回覧板を回しに少し家を空けただけだというのに、一体どうしてこんなことにと問われたので、オレはことのあらましを端的に説明した。

「百合はオレの味方だよな!」
「母さんは中立だろ、いちいち巻き込むなっつーの」

子供の前だというのに母に抱き着く親父の姿は見慣れたもので、今になって突っ込むことはない。
母さんだって何だかんだ言って、親父のことは拒まないし。

「まぁ、でも…そうねぇ、そもそもパパが参観日に来てほしくない理由が何かあるんじゃないかしら」

オレの説明を聞き終えた母さんはことの始まりである、五男の言葉に耳を傾けることにしたらしい。
五男も母さんが傍に来たことで、ようやく安心したのか涙が止まって落ち着いてきた。流石は母さん。

「大体さー、お前から上は、親父が参観なんてありえなかったんだぞ?」
「そうそう。来てもらえるのって、結構すごいことだぜ。いいじゃん、来てもらったら」
「そうだぞ!オレが行くのはすごいことなんだぞ!」

それでも五男は横に首をふるばかりだ。

「お父さん、すごくないもん」

五男は絞り出すように口にした。その言葉に親父はもちろん、さすがにオレたち息子も母さんも絶句した。

「あっくんがいつもいえにいるおとうさんははたらいてないから、ニートだっていうんだもん」

さらに続けられた言葉に親父の形相が変わった。

「おっ、オレの生涯年俸いくらだと思っ…てんだ、よ」

爆発して叫ぶかと思ったら、それを通り越したらしい。頭を抱えてぐったりとソファに沈みこんだ。

「あっくんに、お父さんが元プロ野球選手だって言ってないの?」

次男が優しく聞くと、五男は首を振った。

「言ったけど、成宮なんていないっていわれて、うそつきって言われた」
「なんだとー?!」

親父が憤慨するようにいきり立つ。

「MEIなんて登録名するからだろ」
「いーじゃん、かっこいーだろ!」

ふんっと親父はそっぽ向く。でもオレが小学や今の中学でも成宮の息子って言われずにすんだのは、登録名のおかげもあったんだろうということはわかっている。

「参観行くぞ!そのあっくんとかいうヤツの親父に一泡ふかせてやる!」

そんな親父を後目に次男は五男を優しく諭す。

「お父さんが行った方が、嘘ついたんじゃないってわかってもらえからさ。来てもらいな」
「そうね。パパはかっこいいから、きっと学校中大騒ぎねぇ」
「百合ぃいい!」

母さんがいつものように親父を褒めると、調子に乗ってすぐ抱き着く癖はいい加減改めてほしいものだ。
三男は四男と顔を見合わせて笑うけれど、四男の顔が少しさえないのに気付いた。四男は6年だ。1年の五男のところにだけ親父が行くつもりに思えたのだろう。意外にそこは心配ないと思うけどな。

「お前も嘘つきとか言われてねぇだろうな。見てろよ、みんなびっくりさせてやる!」

親父は四男を指してドヤ顔だ。四男は大丈夫だよと、嬉しそうに笑った。

***

「もう働けばいいのに」

そうしたら、ニートだなんて言われることもなかったろうに。機嫌をなおした五男を満足そうに抱っこする親父とそれを囲む弟たちを少し離れたところから見て思わずひとりごちた。

「お父さんしたいんだって」

聞こえていたのか、後ろにいた母さんが呟いた。

「えーと、どういうこと?」

お父さんしたい、って。

「あの子だけ、野球選手のパパ姿をちゃんと覚えてないのよね」

引退試合は家族で見に行った。3年前、五男はまだ4才になる前だ。

「あなたたちは野球選手のパパを知ってるでしょ。ちゃんと。でもあの子だけ知らないから…せめて、お父さんとしてちゃんとしたいんだって。それで仕事も福ちゃんに無理いって減らしてもらって…」

そんなこと考えてたなんて思わなかった。そんな驚きが顔に出たのだろう。母親はポンとオレの背中を叩く。

「あなたたちにしたら、野球選手としてよりもお父さんして欲しかったかもしれないけど、これからもそれは出来なくはないじゃない? でも野球はねぇ」

と、母さんは親父を見つめる。

「最高の状態ではもう見せてやれないって、引退したの」

意外にもあっさりとした引き際は話題になったことを覚えている。今でもまだ、もう少しできたんじゃないかって惜しまれてるくらいだ。
バカバカしいほど大人げのない親父のくせに。どうして。本当にどうして。いつも親父には敵わないと思わせられてしまう。

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