幼馴染が略奪されました2


向かい側の家に住む、百合という幼馴染の女の子は学校で一番仲の良い異性だった。
俺の家に遊びにきたこともあるし、彼女の家にも遊びに行ったこともある。

野球ばっかしてきた自分とは違い、
色白で、華奢で、目が大きくて、笑うときに口元に手を添える控えめな仕草とか、
要は、男が守ってあげたくなる女子の可愛いところを全部詰め込んだような、とにかく華憐な女の子だ。

そんな幼馴染は昔から俺の試合をちょくちょく応援しにきてくれた。
チームメイトたちからは、彼女かよと小突かれてばかりだったけど、内心はまんざらでもなかった気がする。
俺が手を振ると、向こうも小さく手を振り返してくれるから、かっこ悪いとこは見せられなくて余計に力が入っていたと思う。


ガキの頃からの付き合いだったから、百合のことは一番よく知っていると思っていた。
何を好んで、どんなことが苦手とか。恥ずかしがりやだから、自分以外の男と話してるところを殆ど見たことがなかったし。
俺のことを好いていて、俺も多分彼女が好きだったんだろう。

進路の話になったとき、自分は青道に誘われているからそこで野球をやりたいと話を持ち出すと、青道のことを高く評価していたから、高校も同じ学校に通って、そんで甲子園に連れていってやろうとか意気込んでいた。
そして全国制覇して好きだと言おう、きっと喜んでくれる―――アイツは俺のことが好きだから。
そうやってこれからの未来を想像していた。

けど、中三の冬に俺と彼女の間に転機は起きた。いや、既に起きていたというのが正しいだろう。

ある日の休日、野球用品を専門的に扱う店になんとなくといった気持ちで立ち寄った。
基本的に殆ど値段はそれなりにするので今日は見て回るだけだが、グローブのコーナーを中心に見ていたとき、まさかの声が聞こえてきたのだ。

「…御幸くん?」

落ち着きのある、その聞き慣れた声に振り返ると、立っていたのは幼馴染の百合だった。
彼女らしい清楚な私服は別段珍しいものではないが、試合で見るときとは違って、今日はなんだかすごく可愛い。
ワンピースを着ることもあるのか。

「珍しいじゃん、こんなとこで会うなんてな。何、ついに見てるだけじゃなくてプレーしたくなった?」
「え?あ、ううん、違うの。そういうわけじゃないんだけどね」
「ふーん。ってか一人で来たの?行くなら声かえてくれりゃ良いのに」
「その…今日は、えっと…」

女友達と一緒に来たのだろうか。
にしたってこんな野球専門店に、女子たちだけで来るのも珍しいな。
そう思っていたが、百合の様子がなんだかいつもと違うことに気づいた。
やや頬に赤みを帯びて、艶のある黒髪を耳にかけた。彼女が恥じらっているときにする昔からの癖だ。

「あの、実は――「百合〜!」

嫌でも聞き覚えのある声の主が彼女の後ろから突然姿を現したとき、俺は思わずうげっと舌を出してしまった。
ていうか俺の聞き間違いじゃなければ、今、百合って呼ばなかったか?

「急にいなくなったからびっくりしたよー、何?なんかあった…って、一也!?」
「…鳴」

シニアで何度も対決したことのあるサウスポーの鳴。
別にこいつがここにいることは驚くことじゃない。
ただ、鳴が百合のことを呼び捨てしていて、まるでさっきまで二人一緒にいたかのような言葉がどうにも気になる。
鳴との試合で二人は一度顔を合わせていたし、何なら鳴の方から百合のことを尋ねられたことはあったけれど、それだけだった筈。
それ以外で二人が一緒にいるのを見たことがない、今まで特別仲が良いようには見えなかった。だというのにこれはどういうことだ。

「すっげー偶然じゃん!やっぱ一也もNIKEの新作グローブ気になったとか!?オイラもねー、」
「ちょ、ちょっと待て。まさかとは思うが、お前らまさか一緒に来たとか?」
「ん?あぁ、そうだけど、なんかおかしい?」
「いや…っつーか、普通休日に男女一緒にいるとか、付き合ってるわけじゃあるめーし」
「付き合ってるけど」
「だよなー、そうでもなきゃ……………は?」
「だーかーらー」

鳴は隣にいた百合の肩を抱いて、グッと自分の方に引き寄せる。
百合の頬はやっぱり赤い。

「オレたち、こーゆー関係だから」

そうして鈍器で殴られたような衝撃が走った。

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