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「この服は何だ」
「倭の國の"キモノ"に御座います」
「ほお…倭の國、か」
この世の東の果てにある"倭"という巨大な国。ある者は美しく、豊かな"夢の国"という。
またある者は汚く、狡猾な"魔の国"という。
「倭、あの女の当主が統べる国か」
「左様。白雪、またの名を"雪の君"」
「溺れてしまうほどに美しい、天女のような女子であった」
「しかし、何を考えているのかわからぬ女子でありました」
倭の國一の建造物、奥殿。そこに君臨するは、主の藤白雪。この物語は倭の國の奥殿でのおはなし。
「白雪様、御成」
凛とした男の声が、長く続く廊下一帯に響いた。その声を合図に、重厚な戸が開かれ女は廊下をゆっくりと歩き出した。
光に反射する度に輝く白銀の艶やかな髪。その瞳は紫色の宝石でもはめこまれているのかと思うぐらい輝いて見え、雪を思わせる肌に、瞳に影を差すほど長い睫毛まで白く、そして、造り出された人形のように整った顔立ち。
―――第十三代帝、藤白雪。
歴代一の美女と謳われる彼女だが、廊下の向こうに視線をやる顔は無表情に近い。そして慣れた様子で歩みを進める。
白雪が歩く脇にはたくさんの男達が、彼女に向けて頭を下げて座っていた。誰一人、言葉を発する者も動く者もいない。
す、す、静かに衣擦れの音だけが響く。その静寂な廊下を一つも言葉を発さず、白雪は通り過ぎた。
頭を垂れる男達には一つも目線をくれないまま、彼女は姿を消したのである。
「今日も主上様は私の元へおいでにならないのか!?」
「は、はい…信平様」
奥居の最奥にある御正室様の部屋。そこで怒りのような、戸惑いのような声を上げているのは、白雪の正室である信平。
「“あれ”からもう一か月、時は過ぎたと言うのに!」
「ですが、上様は今公務がお忙しく…中々こちらに足を運ぶ時間が…」
「そんなことは分かっておる!!」
白雪が帝の座についてから、倭国は最大の活気振りとなっていた。
歴代当主以上の知識と統率力は国の繁栄に大きく貢献している。今はお世継ぎよりも、政に専念するべしと上の者たちも願っている。
「白雪様…っ」
彼女の正室である身だが、政には参加できないのが決まり。ただひたすらに白雪の訪れを待つのみだった。
しかし、そんな信平の期待が直ぐに打ち砕かれることになるとは…まだ誰も知らない。
***
「随分と…ここは冷え込むのですね」
「上様、お身体に触ります。もう一枚お召し物を」
「大丈夫です。それから…そんなに張り詰める必要はありませんよ、青葉」
「しかし、」
「それよりも」
本来ならば国のトップである帝が下界の、特に庶民の住む町を歩くなどあり得ない。普段着ている上等の着物を脱ぎ、地味な衣服と笠で美しい顔を隠し歩いていた。
彼女が一つ歩む度に、さくさくと鳴る雪の道。辺り一面広がる白い景色を見渡す。
「さぁさぁよく見て行ってくれ!若い男女なら労働力としても使えるよ!」
大柄な店主が遠くまで聞こえる声で人を呼び寄せる。そして、そこには薄汚れた衣服を来た歳それぞれの者たちが。
「…人身売買は禁じている筈」
「はい、ですがあのような裏商売は未だに跡を絶ちませぬ」
「それは…」
「貧しい村や町の、身寄りのない子共、または両親に売られた子供が集められ、ああやって奴隷として豪人たちが買い付けるのです」
貧富の差は未だ激しく残っており、最低限の生活が送れない者たちは裏商売をし合ってしのぎを得ているのだ。
二台の馬車を挟んでこちら側に男性が、反対には女性が並んでいる。
男達は腰布だけ、女達は貫頭衣だけの姿で、両手は前で縛られている。皆この寒さの中、布一枚の状態でかなり冷え切っている。
すると途端、ある一点が視界に入り、白雪の瞳は大きく見開かれた。
そうして、やがて真っ直ぐに裏道へと入っていったのである。ただ一点を見つめて。