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思いのほか用意に手間がかかり、約束の時間まで後数分となってしまった。同じ宿屋から一緒に行くよりも会場で会いたい、と希望したのはキルアの方だが、相手を待たせるのは忍びなく、急いで部屋を飛び出して表通りへ走る。辺りはすっかり暗くなり、通りには街灯がともっていた。
そして通りを歩く人の数が、昼と比べても段違い。他の町からやって来る団体も多いようで、歩いて行く方向は皆んな湖の方だった。待ち合わせの時間まで余裕はない。
表通りは人が多くて走っていけない。そのため人通りの少ない裏手に回ればいいと考え、ユリはすぐに表通りから外れ、路地裏へ走った。
視界が暗い裏手の道は、表通りから微かにもれる明かりを頼りに進むしかなかった。途中で野良猫の鳴き声に心臓が止まりそうになったが、立ち止まるともっと怖いので先を急いだ。
そこでふと前方に何か黒い物体が見えた気がする。捨てられたごみが落ちているのかと思ったが、距離が近付くにつれてそうではないことに気付いた。
驚いてその場で足を止めてしまった。そこにはなんと人が倒れていたのだから。
「大丈夫ですか…っ」
ユリはすぐに駆け寄って声をかける。壁際に沿ってうつ伏せに倒れており、その身体を一先ず移動させた。そうして顔がよく見えるようになったことで、ユリは自分の目を疑う。
(幻影旅団…)
何かの間違いだと頭を整理するが、この顔には見覚えがある。ヨークシンシティで行われたオークションの競売品を盗んだとして、世界中のマフィアから狙われていた幻影旅団の一人だ。
ゴンとキルアは何度か関わったことがあるようで、少し話も聞いている。ユリは写真でしか顔を見たことがなかったが、ヨークシンシティの事件は衝撃的なニュースだったので今でも鮮明に記憶に残っている。
そして盗賊と思ってからだろうか、その時ちらりと見えてしまったのだ。近くに落ちていた黒いカバンから、金色の額縁に入った絵画がはみ出ているのを。しかもその絵画、あの有名な“死後の大天使”。幻の絵画としてメディアでも大きく取り上げられていて、自身もテレビで見たことがある。疑惑はさらに深まった。しかし――
(…身体からオーラが漏れ出ている…)
気になって“凝”で確認すると、禍々しいオーラが男の全身をはびこっていた。オーラは粘りつくように身体の各部位を這っている。
どうやら男は誰かの念能力によって倒れてしまったらしい。まだかろうじて息はある ただ、このままでは命を落としかねない惨事になる。
この男は幻影旅団。たくさんの人を殺してきた悪人で、情けを知らない冷徹な盗賊。キルアとの約束もある。
―――そうして彼女が下した結論とは。
***
目が覚めた。自分は今どこにいて、一体何があったのか 起きてすぐに思い出すことはできなかったが、能力者の術にやられて倒れてしまったことを思い出す。ここは町の路地裏、自分はホームに向かう途中だったのだ。
そして身体を起こして驚いた。あんなに痺れていた身体が今は何ともない、痺れも痛みも感じない。身体を起こして直ぐ、正面に人がいることに気が付いた。
「…誰だ」
始めは一瞬“それ”が人とは思い至らなかった。光が差さない筈の路地裏で、眩い何かがいる。そう錯覚してしまいそうなほど、目の前にいる人物は―――只々美しい。夜風に揺れていることで髪が波打ち、月の光を反射してきらきらと光る。その瞳は葡萄色の宝石でもはめこまれているのかと思うぐらい輝いて見え、雪を思わせる肌に、瞳に影を差すほど長い睫毛まで白く、月光のように儚い光を放つ美しい少女が、其処に存在している。
壁にもたれて座り込み、意識が朦朧としているようだ。反応が鈍い様子からそう伺える。
「お前…ワタシに何したか?何故お前死にかけてる」
状況の呑み込めない自分に、女はゆっくりと首を振った。
「違…う………眠る…だけ」
「眠る?」
ますます意味がわからない。
「…私……除念師…」
「………!!」
美しい女はそう言って微笑み、それから静かに目を閉じた。
***
「…まじでどこにいるんだよ。」
約束の時間から一時間が過ぎても、ユリは一向に姿を見せなかった。“星空祭”の恒例行事だというダンスは既に始まっている 祭りも後一時間ほどで終わるだろう。キルアは連なって並ぶ家々の屋根に上って周囲を見渡していた。宿屋に戻った可能性も考えて確認したが、ビスケの泊まる宿屋も含めユリを見つけることはできなかった。ここは決して大きい町ではない 思いつく限りの場所は探しつくした。それでも見つからないとなると、ユリに何かあったとしか思えない。
ふと目に入ったのは町の裏手にある通り。表通りから家の細い隙間を通らなければならないその道は、街灯もない暗い場所で人が通る様子もない。彼女がいるとは考えにくいが、もうそれ以外に探す場所がないのも事実だ。キルアはすぐに屋根から飛び降りて走り出した。
「ユリ…!!」
そうしてキルアの予想は辺り、彼女は路地裏の壁にもたれて座っていたのだ。しかも何故か本来の姿に戻って。普段より一層眩い美しさを放つ「ヴィーラ」のユリが其処にはいたのである。しかし呼んでも返事がなかったので焦って駆け寄る。様子を確認すると、小さな寝息が聞こえてきたことからどうやら外傷はなさそうだ。それから揺さぶっても名前を呼んでも、ユリが起きる気配はない。
(もしかして…。)
彼女の念能力――「救済の御寝(リリーフスリープ)」が頭を過る。そのことから考えるに、ユリは誰かに除念を施したのではないか。ひとまずキルアはユリを背中に担いで宿屋に向かった。
このときのキルアは気に留めていなかったが、ユリが座っていた場所は、路地裏にあった今は使われていないゴミ収集箱の横だった。まるで「ヴィーラ」としての姿を現した彼女が外から見つからないよう、下手に一目に当たらないように。
―――そしてその時こちらを見ていた奴に、俺は全く気付けなかった。