十 波の国

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 木ノ葉の里を出るには、一つの巨大な門を通る必要がある。里外での長期任務となり、第七班プラス依頼人はそこに集まる手筈となっていた。
 いつもよりも重めの荷物を抱え、トモエは門の外側を見つめていた。
 門の奥に広がる風景は懐かしいと呼ぶにはあまりにも記憶が薄い。里の外に出るのは随分と久しいことだ。

 「しゅっぱーーつ!!」

 意気揚々としたナルトの大声が響いた。ナルトは相変わらずの調子であっただけだが、不思議と重かった空気が四散し、二人は顔を見合わせて小さく笑う。サクラがナルトを嗜め、トモエとサスケも多少その会話に加わり、カカシとタズナも揃ったところで、第七班は出発した。

 ***

 「ねえ、タズナさん」

 暫く歩いた頃、サクラが不意にタズナに話しかけていた。

 「タズナさんの国って波の国でしょ?」
 「ああそうだが。それがどうした?」
 「ねえ、カカシ先生。その国にも忍者っているの?」

 他の下忍たちも顔を向けて内容に聞き入る。問いかけられたカカシは、相変わらずのやる気が無さそうな顔で「いいや、波の国に忍者はいない」と答えた。

 「が、大抵の他の国には文化や風習こそ違うが、隠れ里が存在し忍者がいる。ま、例外があったりもするけどな。それぞれの忍の里の中でも特に、火・水・雷・風・土の五ヶ国は国土も大きく、力も絶大なため"忍五大国"と呼ばれている」

 カカシの説明は続いた。里の長が"影"の名を語れるのもこの五ヶ国だけであり、火影・水影・雷影・風影・土影のいわゆる五影は、全世界の忍者の頂点に君臨する忍者達だと。
 とはいえ、サクラたちにすれば、随分 仰々しい話であると思っただけだった。三代目火影、といわれても、サクラたちの脳裏に浮かぶのは、いつもキセルを吸っているだけの老人なのである。

 「へえ、火影様ってすごいんだぁ!」

 だからそのサクラの言葉も建前上だけだったのだが、

 「お前ら今、火影様疑ったろ」

 カカシは全てを見透かしているように言い、サクラ、ナルト、サスケはぎくりとするのだった。唯一 トモエだけが面白そうにクスクス笑っている。

 その時通過した水たまりの違和感には、下忍たちは誰一人気付くことなく。
 里を出て一時間と少し。事が起こったのは、その時だった。

 水たまりから、人影が二人、浮かび上がってきたのだ。

 誰も、まだ誰も気付かない。下忍たち四人がその二人組に気がついたのは、鎖が二人の手から放たれた時よりもさらに後、カカシがその鎖で五体を巻かれた時だった。

 「カカシ先生!!?」

 誰かが、そう叫ぶ。だがその驚愕の声よりも、二人組の冷徹な声のほうが響いていた。

 「一匹目」

 カカシの血が、舞う。その体が引き裂かれ血が吹き出る。手が、足が、首が、全てが一つの人"だったモノ"に変わり果てていく。

 サクラの悲鳴が上がった。ナルトは大きく口を開け、サスケは強く眉根を寄せる。そして、トモエは呆然とその血飛沫を見つめていた。

 「二匹目」
 「ナルトォ!!」

 どくり。

 トモエは今までにないほど自分の鼓動が跳ねた気がした。その鼓動の音で、体中が震えた。目眩。血が、血だけが鮮明にトモエの視界に映る。

 巡っていく"あの時"の記憶。

 「は、......血が....お、と…..」

 意識が朦朧としているトモエの口から擦れた言葉がでた。無意識に酸素を大量に肺に取り込む。
 あと一秒と遅れていたら、トモエの絶叫が場をつんざいていただろう。───だがそれよりも早くトモエの耳に届いたのは、事情を知っている者の声だった。

 「戻って来い、トモエ!!」

 既にクナイと手裏剣で敵に応戦しているサスケだった。

 サスケの声にトモエは震えながらも顔をあげた。ナルトの危機を救ったサスケの姿と、タズナを護ろうと足を震わせながらも立っているサクラが視界に映った。

 みんなは、戦っている。

 「うわぁッ!!!」

 ナルトの悲鳴。それと同時にトモエの体は動き出していた。

 「ナルトは任せた!」

 後ろから聴こえてきた声に振り向かず頷く。殺させたくない、もう、誰も。無力だった頃の自分とは違うのだと。
 ナルトの目の前には既に敵がいて、その爪が一度ナルトの手の甲に引っかかる。

 瞬間、トモエは全速力でナルトへと走った。トモエの侵攻に警戒して敵も一度 離れたが、その間にトモエが滑り込んだ時点で、またも襲いかかってくる。

 「トモエちゃん!!」

 ナルトの叫びを背中で受け、トモエは必死に印を結ぶ、しかしそれでも間に合わない。敵の手にある鋭い爪は間近だ。このままでは確実に攻撃を喰らう。

 しかしトモエがそう思った次の瞬間、目に映っていたのは深緑のベストだった。

 「ナルト、すぐに助けてやらなくて悪かった。ケガさせちまった......お前がここまで動けないとは思ってなかったからな」
 「えっ......カカシ先生!?何で、だってさっき」
 「よく見てみろ。さっきのはホレ、丸太が転がってるだろ。変わり身だよ変わり身」

 死んだはずのカカシがそこにいたのである。両腕に一人ずつ敵を携えたその姿にケガは一切見当たらなかった。
 咄嗟に言ったサクラにあっさりと説明してのけるその姿。サスケはいかにも胡散臭そうにカカシを睨んでいる。「とりあえずサスケ、よくやった」と褒められているが、かけらも嬉しくなさそうだ。

 「出しゃばりが」
 「かわいくないねお前。ま、いいや。サクラ、トモエも......って、トモエ?」

 その後もカカシは変わらず褒めようとするが、言い切る前にカカシは目を丸めていた。そのトモエの姿が急に力が抜けたようにへたりこんでいたのだ。目を見開いたのは全員だ。

 「まさかコイツらの爪にやられて......!?」

 ハッとしたカカシはその場に二人組を置き捨ててすぐさまトモエに走り寄った。しかし、トモエの様子はカカシの言うそれとは違うようだった。
 トモエはぽつりと零していた。胸のあたりを両手で掴みつつ。

 「生きてた......」

 安堵。その、心底からの言葉にカカシは目を瞬く。そして目尻を下げて笑って、トモエの頭に手を置いた。

 「あのくらいでやられるオレじゃなーいよ」

 カカシがそう言えば、トモエは笑った。いつもと同じ、ふわりとしたトモエ独特の雰囲気が包む。
 続くように、「カカシ先生がトモエ泣かしたぁ〜」とサクラが冷やかし、サスケはフンと鼻で、タズナは愉快そうに豪快に笑っていた。

 その場に加わっていないのは唯一、唇を噛んで暗い顔をしているナルトだけだった。

 「(オレってば何も出来なかった......なのに)」

 ナルトの瞳は虚ろにサスケを映す。サスケだって初めての実践だったはずなのに、それでもいつもと変わらぬ動きで相手と戦って。サクラも震えていたとはいえ、必死に自分ができることをこなそうとしていた。最初は何かに怯えていた様子だったが、トモエにもまた助けられた。

 ナルトは自分の不甲斐なさに強く拳を握った。しかし、それを自分でもわかっていても。

 「よォ......ケガはねえかよ。ビビリくん」

 サスケの小馬鹿にしたその言葉には、いい知れない怒りが湧いた。しかしそれはいつものような喧嘩になる前に、カカシに「ナルト、それは後だ」と止められる。こいつらの爪には毒が塗ってある、と続けたカカシに、ナルトは諦めて完全に止まった。

 傷つけられた左手がずきずきと疼いていた。

 ***

 縄できつく縛られた、先ほどの忍二名。今や意識を取り戻した忍は捕まったままでも全身から殺気を放っていた。鋭い視線はこの状況でも怯んでいない。

 「コイツら霧隠れの中忍ってとこか。霧隠れの忍は、いかなる犠牲を払っても戦い続けることで知られる忍だ」

 トモエは自分の服の袖を強く掴む。もしあの時カカシがいなければ、今頃自分たちの命はどうなっていたか。霧隠れの忍は下忍たちには目もくれず、一番の強敵であるカカシだけを意識していた。

 「何故、我々の動きを見切れた」

 その問いにカカシは当然だと言わんばかりに答える。

 「数日 雨も降っていない今日みたいな晴れの日に、水たまりなんてないでしょ」
 「......アンタ、それ知ってて、何でガキにやらせたんだ」

 今まで黙ってたタズナが恐る恐るといったように口を開けば、カカシはすっと目を細める。

 「私がその気になれば、コイツらぐらい瞬殺できます。が、私には知る必要があったんですよ。この敵のターゲットが誰であるのかを」
 「......どういうことだ?」
 「つまり、狙われてるのはアナタなのか。それとも我々忍のうちの誰かなのか、ということです」
 
 タズナはあからさまに冷や汗をかいた。カカシの疑問は既に簡単に答がでる。何故なら、カカシが殺されたように見せかけた後、真っ先に狙われたのは他でもない、このタズナだ。
 五人の視線がタズナに痛いほど突き刺さった。この任務の目的は"ただの武装集団"からの護衛なのだ。忍から狙われているならば、確実にBランク任務となっていたはずである。

 「なにかワケありみたいですが、依頼で嘘をつかれると困ります。これだと、我々の任務外ってことになりますね」

 任務外だから取り消し?でも、それだと。

 トモエがタズナの顔色を伺っていると、サクラが「私たちにはまだ早いわ。やめましょ!」と任務中断を促す。確かに正論だ。カカシ一人ならともかく、下忍が四人もいたら、足手まといになりかねない。続行したところでちゃんと遂行できるかどうか。

 「こりゃ荷が重いな」

 カカシがさらりと言う。

 「ナルトの治療ついでに、里へ戻るか」

 ナルトがぴくりと動いた。悔しさに歯ぎしりする。だが、ナルトが感じているのはもう後悔だけではなかった。

 意志だ。ナルトは、自らのホルスターに手を伸ばしていた。

 ザクッ___!

 生々しい音がその場に響き、誰もがナルトを見て目を丸めた。

 「ナルト!?」
 「ちょっ......ナルト、何やってんのよアンタ!」

 突然の非常事態にトモエとサクラが叫ぶ。その時には既に、全員の視界に赤が映っていた。
 ナルトの左手の甲からどくどくと出てるのは、血。ナルトが自分自身でつけたその傷は、先ほど霧忍の爪でやられた時よりも酷くなっている。だが、おかげで毒抜きが十分にできているようだった。

 ナルトは痛みに耐えながら口元をあげた。
 その瞳には、夢を語った時のような、あの強い意志が宿っていた。

 「オレがこのクナイでおっさんは護る!任務、続行だ!!」

 手の痛みを忘れさせるような強気な笑み。
 しかし思わず深く突き刺さってしまった拳からは、次から次へと血が溢れんばかりに流れ出ている。

 「ナルトくん、ナルトくん。景気よく毒血を抜くのはいいんですが」

 沈黙を破るようにして、トモエが面白そうに口を開く。

 「それ以上は出血多量で死にますよー」
 「ぬぉぉぉぉ!!それダメ!こんなんで死ねるかってばよ!!」

 自分のやったことにようやく自覚をしたのかもしれない。

 「ナルト! アンタって自虐的性格ね。それってマゾよ!」

 それを見て面白そうにけらけら笑うサクラ。指を差されてまで笑われたナルトがずーんと落ち込んだ。

 「仕様がないですねぇ、こちらへ」
 
 そんななか、トモエが小さく手招きをしてナルトを呼ぶ。
 涙を浮かべて走り寄ってきた慌ただしい彼の手をとり、その上に自分の手をかざすと青白い光が傷口を包み込んだ。

 「な……何だってばよ、これ……」

 唖然と口を開いたナルトが呟くとともにサスケやサクラもトモエを凝視した。
 なぜならその青白い光からほわほわとシャボン玉のようなものが何かを包んで空へと飛んでいっているのだ。少しすると一息ついたトモエが集中を研ぎ覚ますのを中断した。

 「いやぁ、この歳で毒抜き出来るなんてね。驚いたよ」

 不意に真後ろからした声に驚いて、びくりと肩が震えた。

 「先生、ナルトくんの怪我が…」

 毒抜きした傷口を治療しようとしたときにはもうそれは必要なかった。
 深く傷つけた傷口がものすごい速さで治りかけているのだ。トモエの顔の横からジッとカカシもナルトの手を見る。

 「オレってば……大丈夫?」
 「(やはり九尾の力か……)ま、大丈夫だろ。ね、トモエ?」
 「え?あ、はい」

 カカシに渡された包帯をぐるぐる治りかけの手に巻きながら頷く。終わりと言わんばかりに包帯をぎゅっと強く結ぶとトモエは笑顔を浮かべた。

 「……はい、もう大丈夫ですよ」
 「サンキュー!トモエちゃん!」
 「どういたしま……、?」
 「――調子に乗るなよ、ウスラトンカチ」

 いい雰囲気が流れ零れ出す二人に割り込んだのは黒髪を揺らすサスケ。トモエの腕を引っ張って、ナルトとカカシから離すと自分の背に隠れさせた。

 「何すんだってばよ、サスケ!」
 「こっちの台詞だ。いい加減にやにやすんのやめろ」
 「う、うるせー! オレってばにやにやなんかしてねーぞコラァ!」
 「はっ、自分の表情の変化すらもわかんねぇのかウスラトンカチ」
 「むっきー! やっぱおめームカつくってばよ!!」

 至近距離で睨み合うナルトとサスケにどこかデジャブを感じるサクラとトモエ。
 そして相変わらずの二人を楽しそうに見ているトモエに対し、サクラは曇った表情をしてサスケを見ていた。
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