十八

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 「あ、おかえりなさい」

 数日後の晩のこと。トモエは笑顔で二人を出迎えた。
 ナルトとサスケが修行から帰ってきのだ。
 大木のてっぺんまで登りきった二人は、明日からタズナの護衛に務めることが認められ、一方タズナの方は、もう少しで橋が完成する所まで来ているらしい。
 お互い報告をし終えたのを聞いていたトモエは、疲れきったナルトを見つめるイナリに気が付いた。
 丸く大きな瞳には溢れんばかりに涙が溜まっている。

 イナリの瞳の中。ナルトを見ていれば、自然と思い浮かんでくるのは父・カイザだった。
 諦めようとしないその姿勢がカイザと強く重なっていた。カイザのことは好きだった。けれど、思い返せば溢れてくるのは......これが悔しさからなのか苛立ちからなのか、あるいはどちらとも違う感情なのかわからない。
けれど今も、イナリは泣いていた。

 「......なんで」
 「?」
 「なんだぁ?」

 イナリがぽつりと呟く。机に落ちるイナリの涙に気づき、誰よりも先に怪訝な顔をしたのはトモエとナルトだった。その途端、イナリは立ち上がり、その小さな手を机に叩き付けていた。

 「なんでそんなになるまで必死に頑張るんだよ!!」

 それはイナリから溢れ出した、心の叫び。

 「修行なんかしたって、ガトーの手下には敵いっこないんだよ!!いくらカッコいいこと言って努力したって、本当に強いヤツの前じゃあ、弱いヤツはやられちゃうんだ!!」

 涙を散らして、ナルトを睨んで、必死に必死に自分を大きく見せようとして......それでもイナリは、小さかった。
イナリのその剣幕に暫く沈黙が続く。なんでもなさそうにそれを破ったのはナルトだった。

 「うっせェなァ。お前とは違うんだってばよ」

 本当に、なんでもなさそうに。それがイナリの神経を更に逆なでしていた。

 「黙れよ!お前見てると、むかつくんだよ!!この国のことなんにも知らないくせに出しゃばりやがって......辛いことなんてなんにも知らないで、いつもヘラヘラやってるお前とは、違うんだ!!」

 イナリの涙溢れる目がトモエに向く。トモエはそれを真っ直ぐ受け止め、何も言わなかった。次に場に響いたのは、ナルトのどこまでも静かな声。

 「だから悲劇の主人公気取って、ピーピー泣いてりゃいいってか......」

 ただその声とは裏腹に、ナルトの瞳はこれ以上ないほど鋭く怒りに光っていた。

 「お前みたいなバカはずっと泣いてろ!泣き虫ヤローが!!」

 びくりとイナリの小さな体が震える。ナルトはそれだけ言うと、すっと立ち上がって出て行った。サクラがその背に文句を言っても振り返りもしなかった。

 イナリはそこから動けず、立ち尽くしたまま、しゃくりあげて泣き続ける。母であるツナミは、もういないナルトや、今もここにいるトモエを気遣って、何も言えなくなっていた。ただ静かに近寄ってそっとその頭を撫でてやる......

 次にイスが音をたてた時、イナリはびくりと震えた。サクラが気遣って立ち上がったトモエを見上げたが、しかし、その顔は思いのほかいつもと変わらない。

 「ツナミさん。ごちそうさまでした」
 「え、あ。ええ......」

 かちゃりと皿を重ねる様子もまったく動揺がない。誰もが何も言えない場の中で、トモエだけが何も変わらず。皆から来る視線にトモエは散歩をしてくるとだけ口にして、家から出て行く。扉が閉まる僅かな隙間を白が駆け込んでいった。

 真っ暗な夜空に輝く星を眺めて、あれから時間が幾ら経っただろう。
 見つけた湖の水面にはトモエが映し出されている。
 波立たない湖は風が吹いていないことを物語る。
 それなのに草が揺れ動くのはおかしい。

 「イナリくん」

 案の定、トモエが振り返った先にはイナリが縮こまっていた。
 大木に身を潜めていたのはだいぶ前からトモエは知っていた。
 今この瞬間だって、修行していた時だって。
 声をかけられなかったのはイナリがすぐ逃げ出してしまうから。
 トモエはそっと手招きをしてもう一度名前を呼んだ。

 「さっきはすみません。ナルトくんも、悪気はないんですよ?」
 「なんで…トモエ姉ちゃんが謝ることじゃないよ」
 「…でも、怖かったでしょう?」

 心に突き刺さるようなあの視線は思い出した今でも、背中に冷気が駆け走る程だ。
 それを真っ正面で受け止めなければならなかったイナリはきっとそれ以上だったんじゃないだろうか。

 じんわりとイナリの瞳に涙が溢れていく。
 しかしナルトの言葉が脳裏をよぎったのか、イナリは腕で瞳をこすりあげ、懸命に唇を噛み締めた。
 痛々しい姿にトモエは膝を立て、驚かさないように優しくイナリの腕に触れて、小さな身体を抱き締める。
 ぽんぽんと軽いリズムを背中に刻んでやれば、喉を引きつかせたイナリが泣き声を上げ始めた。

 「大丈夫。このことは、私とイナリくんだけの秘密にしましょう、ね?」
 「ううぅ……っ」

 腕の中にいるイナリが小さく頷く。背中を叩いてあげながら、さっきから目蓋の裏に纏わりつく闇にトモエは頭を振った。
 けれど闇はトモエを逃がそうとしない――より深くトモエを追い込んでいく。

 「私も、怒られるかもしれませんね」

 見上げた夜空がまた滲む。
 きれいなきれいな満月だった。
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