訃報

 それは突然の知らせだった。日本にいる母から連絡があり、曾祖母が亡くなったと。
そういえば、最初の人生のときも曾祖母が亡くなったのはこの時期だったような。あの時は実家で一緒に住んでいたが、私が物心ついたころには曾祖母は既に認知症であったため、曾祖母自身が私のことを認識できていなかった。私の方も認知症の曾祖母にどう接していいか分からず、会話すらまともにしたことがなかったほど接点が少なかった。そのため曾祖母が亡くなったと知っても悲しんだ記憶もなく、初めての葬式に戸惑っていた思い出しかない。
 そして二度目の人生を送っている私は今回も、曾祖母の訃報を聞いても悲しむ気持ちはあまり湧いてこなかった。といっても今回は前回とはまた違い、今の私はそもそも実家で一緒に暮らしてすらいないのだ。

 十三歳の私は日本を離れ、アメリカのとあるアーティストの下で仕事のパートナーをしながら私生活を共にしている。その人は、音楽をさほど知らない人でも名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかというほど世界的に有名で、音楽界の王様といわれるほど歴史に名を残している人だ。私は今、彼の専属のダンススタッフでもあり、また、身辺警護を任されている。こんな子供がと思われることも多いが、これでも超人的能力を授かっている身なので、実際その辺の大人より遥かに役に立ってしまうのだ。それに実力を買ってくれたのは彼本人だし。
 
 とにかく、アメリカにいる私は急いで飛行機を予約して日本に帰らねばならなくなった。久しぶりに家族に会うな。
 幼少期から様々な分野の先生に付いて、世界中を飛び回ることが多かった私だが、小学生低学年ほどまではそれでもまだ長期休み限定ぐらいだった。しかし次第にできることが増えていくと人間は欲深くなり、日本の小さな地方で過ごす世界では満足できなくなっていったのだ。それから日本の学校をやめて、生活費を自分で稼ぎながらアメリカで生活するようになり、そして今の雇い主の下で働くようになった。
 自分でお金を稼ぐのは一回目の人生では社会人になってからだったのに、まさか子供ながらに稼げるようになるなんて、チート能力を下さった神様に感謝をおくりつつ、その能力を無駄にしなかった自分を少なからず褒める。それも稼いでいるお金も、一般的な社会人の人たちより遥かに多く、貯金分でも既に一生暮らせるほどの額になっていた。最近では金銭感覚が分からなくなってきているような気も少なからずある。

 そのせいだろうか。飛行機のチケットを買うときにも、今のシーズンは混みやすいときであるためどこも満席であり、とりあえず適当に探し当てた結果、いつの間にか高額なファーストクラスを予約していた。かといって別段痛手なわけでもなく、飛行機移動はこんなものかと思ってしまっている自分がいる。
 
 ***

 LAから日本までは十時間ほどかかる。空港に着いたとしてもそこからさらに実家の方までも時間がかかるのだ。色々頑張って急いでみたが、母からの連絡と照らし合わせてみて、恐らく火葬に行ってしまう前にぎりぎり間に合うかどうか怪しい。
 これは火葬場に直接向かった方がいいかもしれない。バスとタクシーを利用し、母から指示された場所へと急いだ。

 久しぶりの故郷だというのに、懐かしみを感じるまでもなく葬式に向かうなんて、いつから自分はこんなに仕事人間になってしまったのだろうか。一度目の人生では地元でずっと無難な仕事を淡々とこなしていた自分。仕事にばかり染まりたくないと、我儘ばかりを言っていたのに、今の自分は何故か真反対の人生を送っている。それは勿論仕事のやりがいとか色々あるかもしれないけど、世間的に言えばまだまだ子供なのに、家族と暮らさず、大人ばかりの世界で一人生きている自分に少しだけ、寂しさを感じてしまった。

 火葬場に着いたところ、既に親族たちは来ているらしく、バスや車がいくつか停められていたのが見えた。

 「静ちゃんっ」
 「あ、…お久しぶりです」

 タクシーから降りた私を待っていてくれたのか、母が入り口の方から手を振ってくれていた。久方ぶりに会う母に開口一番なんと言っていいか分からず、何故か業務用の挨拶をしてしまったのは仕事人間の性か。

 「ちょうどこれからだったから、最後におばあちゃんの顔見てあげて」
 「はい」
 「また背がおっきくなったんじゃない?」
 「多分そうだと思います」

 母に対してよそよそしい敬語を使ってしまうのもいつからだろうか。産まれてから二度目の人生を送っている私は、一度目の人生のときに憶えていない家族の姿に戸惑ってしまい、幼少期からこんな喋りで生活してしまっていた。それが今でも変えられずにいる。

 火葬が行われる広間では、集まった親族と、家で一緒に暮らしていた兄たちや祖父母たちが、一つの棺の前に立っていた。父や祖父母が母と同じように声をかけてくれるが、やはりうまく言葉を返せない。

 「間に合ってよかったねぇ。綺麗なひいばあちゃん見てやって」

 優しく手を引いてくれた祖母につれられて、棺へと近づいていけば、小さな顔がこちらを向いていた。曾祖母はこんな顔をしていたのか、なんて場にそぐわないことを思ってしまった。
 そっと手を曾祖母の頬に持っていくと、とても冷たかった。こんなに綺麗な肌なのに、想像以上に冷たい温度に私はようやく、このひとが亡くなったことを実感した。
 一度目の人生のときも自分は曾祖母に何もしてあげていなかった。お年玉を頂いたこともあったのに、アルバムには自分を抱き上げる姿もあったのに、確かに一緒に暮らしていたのに。また同じことを繰り返してしまった。

 「……すいません。何も返せませんでした」

 自分のことばかり考えて、家を出てはやりたいことを追っかけて、仕事ばかりの暮らしをして、お金だけはたくさん貯まっていったのに、結局一番大事なことができていなかったのだ。

 曾祖母との最後の別れは、私の謝罪で終わってしまった。

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