今しかできないこと
火葬が終わるまで一時間はかかる。その間、火葬場で時間を過ごしながら待つしかない。母は早速私の手を引き、家族が集合している場所へと引っ張っていく。本当は外で時間でも潰そうかと考えていたのだが、それはまた同じ過ちを繰り返してしまいそうな気がしたのだ。
「飛行機での移動大変だったら?わざわざありがとうね」
「まぁ、慣れてるんで」
「また身長伸びたな。160いった?」
「165はあったと思います」
家族との会話は専ら私の最近の出来事について。今はどこに住んでいるのか、学校は行っているか、仕事は何をしているか、など。母とはメールで連絡を取り合っているので、近況の変化は時々報告しているのだが、それでも聞きたいことはたくさんあるようだった。生活費は自分で出しているので、家族の仕送りを必要としない分、今自分が何をしているか知ることができないらしい。
そしてそれは家族だけでなく、親族からも色々声をかけられた。どうやら私は親族たちの間で、アメリカで一人暮らしをするスーパー中学生だと思われているらしい。
「じゃあ今は本当にあのミカエル・Jと仕事をしているの?」
「専属のダンススタッフとプライベートSPみたいな感じのことをしてます」
「コンサートとか出た?」
「はい。去年のワールドツアーにも出させていただきました」
「うわぁ…自分たちとは別世界の話ですね」
「え、学校とかはどうしてるの?」
「向こうだと学校に通っていない子はそう珍しくなくて、共通の認定試験みたいなものをパスできれば大丈夫なんです。それが学歴の証みたいになるんで」
私の場合、その認定試験をさえも飛び級し、高校の範囲まで終わらせている。個人重視のアメリカではこういうシステムがあるため、自分がやりたいことを伸び伸びとできる良い面だ。
「自分で生活費稼いでるって聞いたけど」
「はい。まぁそれなりに稼げているんで」
「えぇ〜すごいな。中学生でもうそんなに…、本当にしっかりしてるんだね」
「どうやったらこんな凄い子が育つの?びっくりだわ〜」
親族からはとにかく賛辞がたくさん寄せられた。まぁ確かに、普通じゃあり得ない生活をする子供だ。しかも平凡な一般家庭から産まれた、ある意味異端児。
「にしてもスーツがよく似合うなぁ。広告にでもありそうだ」
「そうな、礼服持ってたんだね。急だったから、静の喪服はどうしようかと思ってたの。一応お兄ちゃんの制服もう一着もってきたんだけど」
女性は殆どワンピースの喪服を着ているのだが、私が着ているのは男性陣と同じ黒いフォーマルスーツ。
「あ、これ実は、急いで出てきたので礼服を忘れちゃって、ロスの空港で適当に買ってきたんです。黒いスーツならとりあえず大丈夫だろうと思って」
時間もそんなになかったなか、普段から仕事でスーツを着ることはあったのでサイズは分かっていたので、とりあえず光沢感のない黒いフォーマルスーツを無難に選んできた。
「なんかやけに上等なスーツだよね?高かったんじゃない?いくらした?」
「えっと…カードで払ったのでちゃんと見てなかったです」
「え、何、ちょっとこれ、キートン!?」
スーツの袖を触っていた母がタグを見て驚く。父は飲んでいたお茶を吹き出しそうになっていた。そういえば、買うときに店名もよく見ていなかったな。驚く両親とは反対に、そういったものに詳しくない兄たちは首を傾げていた。
「キートンってなに?」
「イタリアのブランド。政治家とかが着るやつだな。とんでもなく高いんだよ」
「本当にいくらしたの?お金は大丈夫?」
流石に母に心配され、とりあえず財布からレシートを取り出して値段を確認する。
「日本円に換算すると…そうですね、約45万円かな」
「四十!?」
「でも、これぐらい…」
「やば。金銭感覚狂ってるだろ(笑)」
兄たちには笑われ、両親からは不安そうな眼差しを送られた。けれど本当にこの程度は問題なかった。高いスーツはこれまでも仕事の都合で買うことがあったし、これで困るほどの稼ぎではない。
世界には自分より小さい年齢で何億と稼ぐハリウッドスターもいるし、大金をもつセレブの子供だっている。アメリカで仕事をするようになって、そういう子供を何人も見てきたから別におかしな話じゃないと思っていた。
とはいえ、これは十三歳の思考ではないよな。
「いや、でも本当に大丈夫です。まだお金はありますから」
「だとしてでも、もうちょっと計画的に買いな。値段ぐらいはちゃんと見て」
「あ…はい…」
とりあえず急いでいても値段はちゃんと見よう。金銭感覚が狂うにしても、母の言う通り、無計画に買うのは確かによくない。
その後も話は続いていって、今度は兄たちの話になった。二人いる兄のうち、長男は高校二年生、次男は中学三年生。どちらもちょうど思春期を迎えていて、特に次男は典型的だ。会話に殆ど入ってこない。長男は私の話を笑って聞いていたが、完全に面白がっている。
「辰巳は高校決まったんだよ」
「あ、それはおめでとうございます。どこの学校に?」
「工業だよね」
「……ん」
「そうだったんですか。じゃあ何かお祝いを、」
「なんで静ちゃんが出すの。子供なんだからそういうのはいいの」
「そのスーツでも貰っとけば?売れば金になりそう(笑)」
「あぁ、なるほど。いいですね、それなら」
長男の言葉に従っていたら、またも母に怒られた。私が普通じゃなくなっても、母だけはこうして一人の子供として扱ってくれる。それがなんだか嬉しかった。だからやっぱり、そんな母や家族をないがしろにするのは、だめだよね。
実は日本に帰る直前、曾祖母が亡くなったことを雇い主に話したところ、こう言われた。
“家族を大事にするんだよ。子供のうちしか触れ合えないこともあるんだから”
生き急ぐことはない。私の中身は大人だけど、身体は子供で。私が歳をとるように、家族も歳をとる。仕事はこれから先の人生でいくらでもできる。
今しか一緒にいられないこともあると、多分あの人はそう伝えたかったんだろう。