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 「わざわざ来てくれてありがとう」
 「ううん。寧ろ、私たち三人しか来れなくてごめんね」
 「それでも嬉しいよ」
 「間宮、これ皆からの寄せ書きとか、色々入ってるから」
 「わぁ…すごい」

 担任の先生と一緒に、私たちは今日、久方ぶりに百合ちゃんの顔を見に病院を訪れていた。流石にクラス全員が病室を訪れるわけにはいかないから、クラスを代表して学級院長と副委員長の私ともう一人の男子生徒の、計三名でのお見舞いとなったのだ。

 先生は間宮さんと挨拶を交わした後、百合ちゃんのお母さんと話をするために席を外していったから、今ここにいるのは私たちだけだ。先生は多分、百合ちゃんのこれからの学校生活のこととかを話しに行ったんだろうな。
 実際、百合ちゃんはまだ退院の目途が立っていないそうだ。傷口とか体調とかは良くなっているみたいだけど、何日も昏睡状態が続いていたことや、事件の余韻もあってか、今は殆ど体力が落ちてしまっていると聞いた。
百合ちゃんの病室はそれなりに広々とした個室で、シャワー室からトイレまで完備されている。でも、今の百合ちゃんは其処のシャワー室を使うだけでも大変らしい。これから少しずつリハビリも始まるって聞いたけど、それまではベッドから降りるのでさえ人の助けが必要らしく、百合ちゃんの性格からすると、きっとそれすらも屈辱的なものなんだろうな。誰かの助けを借りないと生きていけないなんて、あの完璧人間の百合ちゃんからは考えられないことだから。

 「あ、そういえば今日もう一人来る予定だよ」
 「え?」
 「サプライズなゲストだから誰かは言えないけどなっ」
 「私たちは先生の車で来たけど、まぁその人はちょっと別ルートになっちゃったから。でもそろそろだよね?」
 「多分」

 コンコン、と控えめなノック音。噂をすればなんとやら、だ。

 「…ちわ」
 「こじまこーきくんっです!」
 「下山、声でかいってば」
 「ごめんごめん」
 病室に来たのは百合ちゃんの幼馴染の考紀くんだった。二人の仲の良さは学校ではけっこう有名で、付き合ってるとか、親公認の仲だとか色々噂は尽きないけど、結局二人が仲良いのは本当のことだ。
 だからきっと百合ちゃんは喜ぶだろうなって、そう思ってサプライズにしてみたのだけど…

 「間宮、驚いて口空いとるに」
 「…っあ、ごめん…ちょっと驚いちゃって…」
 「だろー?」
 「……」

何故だか百合ちゃんはあまり嬉しそうじゃあなかった。確かに驚いてはいたと思う。でも、考紀くんとあまり目を合わせようとしなかったり、チラチラと別の方を向いたり、なんだか落ち着きがないように見えた。

 「…元気そうで良かった」
 「…うん。考紀くんこそ」
 「なんで俺?百合ちゃんの方が、…ほんと、えらかったじゃんか」

 考紀くんと百合ちゃんが話をするのは事件の日以来、本当に久しぶりな筈なのに。考紀くんに至っては、百合ちゃんが事件に遭ってから学校に殆ど来なくなって、噂じゃ毎日病院に来てたって言われていたぐらいなのに。
 時間が経つと、他所他所しくなるものなのだろうか。

 そんな呑気なことを考えていた私。この後、まさかあんな事態になってしまうなんて思いもよらなかったんだ。

 ***

 コンコン、コン。再び病室に響いたノック音。
 もしかして先生たちかな、そう思って私が返事をしようとしたとき。

 「ま、待って…っ」

 百合ちゃんが珍しく焦りながら扉に向けて声を出した。
 それでも病室の外にいた人物には聞こえなかったのか、百合ちゃんの言葉とは裏腹に開かれた扉。
 すると扉越しに現れたのは―――

 「…は?」

 考紀くんの気の抜けたような、心の奥底から出てきたような声。

 「なんで、……なんでアンタが…ッ!」

 でも、それは直ぐに怒りを表す声に変っていた。
 一方で私は突然のことに思考が追い付かなくて、ただ呆然とその光景を見ていただけだ。
 ただこれだけは分かっていた。
其処に立っている人物は――今、百合ちゃんがベッドに座っている――全ての発端となった人物だということは。

 「アンタ……此処に来る資格あると思ってんのかよッ、チョン・ジョングク!」

 ***

 間近で立つチョンさんは私たちなんかよりずっと背が高くて、マスクを外して見えた顔は本当に“かっこいい”の一言に尽きる。
 私はアイドルに興味がなかったから、正直チョンさんのことは殆ど知らなくて、でも世の中の女の子がどうしてこの人に夢中になるのか、同じ女として分からない筈はなかった。
 なんて、思わず見惚れてしまっていた私の横では、考紀くんがあからさまに嫌悪感を示していた。

 「出てけよ」
 「ちょ、考紀それはやばいって!」
 「どうせ日本語分かんねーだろ」
 『…“こんにちは”』
 「えっ日本語話したけど!?」
 『“あまり日本語上手ありません。すみません”」
 「えーいやいやすごい上手ですよ?」
 『ジョングクさん、あの今日は学校の友達が来てて…』
 『別にいいよ。俺、邪魔しないようにしてるから』
 『…あ、でも…』
 「百合ちゃん、話さなくていい。俺、警察の人呼ぶよ」
 「落ち着けって考紀ッ」
 「この人がいるとまた直ぐ危なくなる!そもそもこの人があんな発言しなけりゃ……全ての元凶はこいつじゃんか!」
 「ちょっとここ病院、」
 「もういい、警察呼ぶ」
 「待って考紀くんっ、お願い待っ………ッ、」
 『百合ちゃん!』

 病室は既に収拾のつかない状況になっていた。私たちの話す日本語、百合ちゃんとチョンさんが話す韓国語、二つの言語が行き交っているなか、怒る考紀くんとそれを鎮めようとする級長、最終的に考紀くんは怒りが冷めないとばかりに扉の方へと足を進めようとした。
 ところが、それを止めようとした百合ちゃんがベッドから身を乗り出そうとしたとき、無理をして動いてしまったせいか、脇腹を押さえてうずくまるようにして身体を丸め出したのだ。

 「こ、これって看護師さん呼びに行った方が良いんだよなっ」
 「でも一人残ってたほうが、」

 如何せん私たちはまだ中学生。異常事態で冷静な考えを出せるほど大人じゃない。
 しかし、そんななか真っ先に動いたのはチョンさんだった。

 『大丈夫、大丈夫、ゆっくり息吸って…』

 韓国語だからなんて言っているのかは分からない。でも、チョンさんはベッド脇にあったナースコールボタンを押すと、丸まった百合ちゃんの背中を優しくさすり続けていて、彼女を助けようと一心なことが伝わってきた。

 それからは本当にとんとん拍子だ。病室に駆けつけてきた看護師さんと、主治医の先生が直ぐに対処してくれたおかげで、百合ちゃんは病室に入ったときに見たのと同じ笑顔を私たちに向けていてくれた。

 「ごめんね。驚かせちゃって…」
 「いや俺たちも、なんかゴメン…」
 「めっちゃ看護師さん怖かった…」
 「あんたらのせいで私まで怒られたんだけど…」

 そう、私たちは揃って看護師さんたちにこってり叱られてしまったのだ。見舞いに来て患者の容態を悪くさせるとはどういうことだ、とか。帰りなさい、とまで言われてしまったけど、結局百合ちゃんが止めてくれたことで今はなんとか此処にいるようなもの。

 「…ていうかお医者さんたち、チョンさんがいても全然驚いてなかったよね。もしかして結構前から来てるの?あの人」

 あの後看護師さんたちが病室を去ってから、チョンさんは今病室内にある簡易キッチンでお湯を沸かしている。人数分のコップを出してくれているあたり、多分、私たちにもお茶を作ってくれているんだろう。
 それにしても食器がどこにあるかとか、コンロの使い方とか、迷うことなく身体が動いているあたり、どう見てもここ最近来ているだけとは言えない。

 「……うん。実はもうだいぶ前から来てくれてるよ」
 「…なにそれ。俺、聞いてない」
 「ごめん。家族と警察の人にだけ伝えてたから…」
 「………俺は今日やっと入室許可が下りたのに、アイツは良いんだ」

 どう見ても空気が悪くなっている。
 コポコポ、とジョングクさんがお茶を注ぐ音だけが聞こえてきて、その間私たちはずっと無言。この空気のなかで変に話しかけるほどの強者はここにはいなかった。

 『“お茶できます。あー…ここにおきます”』
 「あ、すいません!やべぇ、世界のアイドルにお茶汲んでもらっちゃったよ。下手に飲めないよ」
 「貴重すぎるくね?」

 まさかの世界のアイドルにお茶を準備させてしまった私たちだけど、もうここまでくると何か全てが狂ってきたから成すがままになってきている。

 個室の病室には小さな丸テーブルと椅子があって、チョンさんはそっちの方にお茶を置いてくれた。級長たちが率先して会話を続けるなか、考紀くんはお茶の方へ動く気配もなく。そしてチョンさんの方は次に百合ちゃんの方に向かうと、ベッドにいる百合ちゃんの膝下と腰に手を回して優しく抱き上げようとして…

 「触んなよ!」
 「ちょ、ちょいちょい考紀ほんとやめとけってッ、今度こそ俺ら追い出されるって!出禁になんぞっ!?」

 チョンさんに掴みかかろうとした考紀くんを寸でのところで級長が止めにかかったことで難は逃れた。でも流石にヤバい気がする。

 「一回落ち着いた方がいいから俺たちもう出ようッ」
 「は?なんで俺が、」
 「いいから一回出るぞ、な?」

 二度目の説教をくらう前に級長が考紀くんを強行連行してくれた。残された私ともう一人の副級長はそれを見送るしかなかったのだけど、さらに気まずい状況になってしまった気がする。

 にしても、

 「(この人、ずっと冷静だ。落ち着き過ぎてて…なんか逆に怖い)」

 チョンさんは日本語が全て分かっていたわけではないと思う、でも流石に、考紀くんがあれだけ嫌悪感と拒絶を示していたら流石に気付いていた筈だ。
 なのにこの人は全然動揺することもなく、至って平然で、考紀くんに対抗することもなくて、いやどっちかっていうと、考紀くんの方を見てもいなかった気がする。
 まるで―――興味関心がないみたいに。

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