桜乃は焦っていた。祖母のスミレにガットを張替えにつれて行ってもらう約束だったのだが、都合が悪くなり結局リョーマと一緒に行くことになったからだ。
 しかも桜乃からしてみれば、突然想い人と行くということもあって、意識し過ぎるあまり、つい服を選ぶのに時間がかかり遅刻までしてしまったのだ。結局30分近く待たされたリョーマは怒っているのではないか、とハラハラしながら桜乃は慌てて謝るも、彼はいつもと変わらず口数少なく、ただ道案内するだけで何を考えているのか掴めない。
 またこちらの桃城と一年トリオは、そんな二人が街中を歩いているのを偶然見かけて、デートしているのではと勘違いし、途端に疚しい心が湧き出て二人の後をつけることに。

 「きったない店に入っていきましたね」
 「うーむ…デートというには些か妙だな」
 「なにやっているんでしょう?」

 失礼極まりない暴言を冷静に吐いている一年トリオと桃城。一方で桜乃はリョーマと一緒に職人・張替え屋辰五郎略して「ハリタツ」にガットの張替えをしてもらっていた。しかし全く会話が弾まない二人に、ハリタツが気を利かせて、外で散歩してきたらどうかと提案する。


 「リョーマくん、今日はありがとう」
 「別に」
 「あのハリタツさんって人、面白いね」
 「そう」
 「(…うぅ〜…会話が続かないよぅ…)」

 とても空気が良いとは言い難い二人。その後を追っている桃城たちは未だデートだと勘違いしており、デートで女の子をないがしろにするなんてと勝手にリョーマを怒っていた。
 すると意を決した桜乃は、友人の朋香みたいな積極性を持とうと再びリョーマに声をかけてみることに。

 「えっと、リョーマくんって普段音楽とか何聞くの?!」
 「音楽って…そんなの聞いてどーするの?」
 「ど、どうするって…」
 「あのさ、なんか今日…」
 「!!」
 「よく喋るね。なんで?」
 「なんでって………っっ、うわーん…!」

 あまりのリョーマの無頓着さに怒ってしまった桜乃は一人で何処かに行ってしまい、取り残されたリョーマは意味が分からないとばかりに目を点にしていた。

 「こらぁ!越前!見てたぞ!ずっと見てたぞ!」
 「え、なんでこんなとこにいるんスか」
 「いいから!何やってんだお前は!?」
 「何って?」
 「早く彼女を追いかけて謝ってこい!」
 「別になにも言ってないスけど」
 「女の子を泣かせるやつはお天道様が許しても俺が許さねぇ!」
 「は?」
 「先輩命令だ!駆け足〜!!」

 リョーマの前に突然出てきた桃城は、今しがた自分の後輩がした女子への無礼について怒っていた。リョーマもリョーマで何故桜乃が一人で行動したのか理解できずにいたし、テニス部の先輩が叱りながら出てきたのも分からなかった。
 しかし先輩命令と言われてしまえば、体育会系の部活によくある暗黙の了解で従わなければならないので、ひとまず桜乃が走っていった方を追いかけることに。

 ***

 「(ハァ…あたしってバカだな。一人で怒っちゃって…いつもこんなだからリョーマくんに…)」
 「あら?偶然ね。えっと、竜崎さん?」
 「釜野先輩!!…と、高嶺先輩も…!」

 一人走ってきてしまった桜乃が自分の言動を反省しているところ、これまた偶然にも先日調理部でお世話になった釜野と百合が通りがかったのだ。

 「一人で何してるの?見た感じ、待ち合わせって感じでもないし」
 「あ、えっと…あたし、その、」

 学校以外で二人を見るのは初めてとなるが、こうして私服の二人が立っているだけで、もう雑誌の表紙だって飾れるに違いない。桜乃はふと百合の私服と自分の私服を交互に見やった。遅刻してまで悩んで決めた服だったのに、こうやって百合と比べてしまえば途端に差が出てしまう。

 全体をピンクでまとめたミニスカート姿の桜乃は年相応かもしれないが、若干の子供っぽさを感じられる。一方で百合の私服はシンプル且つ上品な着こなし方だ。マネキン人形のようにスラっと背の高い彼女にはそれが良く似合っていたし、シンプルな装いは彼女の美しさを邪魔することなく寧ろ際立たせていた。

 大人っぽくて綺麗系の女性といった雰囲気を感じさせる百合。リョーマはきっと彼女のこういうところにも惹かれたのかもしれない。頭では分かってはいたが、やはり自分がどう近づこうとも、“高嶺の花”には決して叶わないのだ。桜乃は自分にはない魅力を持つ百合が羨ましくて仕方がなかった。

 そんなふうに百合への嫉妬心が生まれたからだろうか、桜乃は思わず嘘をついてしまったのだ。

 「リョーマくんと…さっきまで一緒にいて」
 「あのおチビちゃんと?!なに、もしかしてデートなの!?」
 「……そ、…そんな感じです…」
 「うっそー!!へぇ〜、まさかあのおチビちゃんがねぇ……意外ととっかえひっかえなのかしら?」
 『……』
 「そそそ、それよりもお二人は買い物ですか?」
 「そうなの。今季の新しい服を買いに行くのよ。あたしの美を引き立たせてくれるものは簡単には見つからないけど、それを見つけた時の喜びったら、」

 「百合先輩?」

 釜野の言葉を遮って、三人のもとへ現れたのはリョーマだった。一応、桃城に言われた通り桜乃のことを追いかけてきたらしいが、結局リョーマが一番先に反応したのは百合。それだけ彼女に関心がある、とも取れる反応に桜乃はまたも顔を俯かせる。

 「なにしてんの、こんなとことで」
 「ちょっとおチビちゃん、あたしもいるんだけど?見えてる?ねぇちょっと?」
 「……いたんスか、オカマ先輩」
 「いつか絶対シバく」
 「ねぇそれで何、二人でどっか行くの?」
 「あ〜ら、そんなのクソ生意気なおチビちゃんには絶対教えてあげない!」
 ―――『新しい服を買いに行く予定なんです。』
 「百合!?」

 どうして教えちゃうのよーと地団駄を踏んでいる釜野に、自分は何か悪いことをしてしまったかと焦る百合。そんな二人の予定を聞き出せたリョーマは何やら考えがあるようで、含みのある笑みを浮かべたかと思えば、直ぐにまた仏頂面に戻って今度は桜乃に向き直った。

 「竜崎」
 「えっ、」
 「早くラケット取りに戻ろう。俺、次の“用事”できたから」
 「次の用事…?」
 「ねぇ、オカマ先輩」
 「オカマノ先輩と呼びなさいって何度も、」
 「あっちに桃城先輩がいるけど一緒に来るよね?」
 「行かせていただきます!!」
 『!?』

 もはや恒例になっているこのやり取りを釜野と百合は気づいているのだろうか。見事に彼の手の平で踊らされている二人はそのままリョーマの後をついていく形で、そしてその一番後ろを桜乃が歩いていった。

 ***

 「ああもう!くっつかないでくださいよ!」
 「桃城ちゃん、今日こそあたしとデートして貰うわよぅ!」
 「な、なんでこんなことになってるんだー?」
 「僕たちただ桃城先輩について来ただけなのに…」

 ハリタツによるガットの張替えが無事終わり、ラケットを手に桜乃が店を出たとき、店の前ではカオスともいえる光景が広がっていた。

 桃城の腕にくっついて離れようとしない釜野と、困っている先輩を前にどうしたらいいか戸惑う一年トリオたちに、彼らの横ではリョーマと百合が何やら話している。
桜乃は張替えの終わったラケットを受け取りに戻っただけだというのに、いつの間にか人口密度がグッと上がっていて、一体どこから入っていけばいいのか分からない。

 「おい越前!なんでオカマノ先輩まで連れてきたんだよ?!ってか先輩も離れてくださいってば!」
 「休日に桃城ちゃんに会えるなんてツイいてるわ〜」
 「じゃ、桃先輩あとよろしく」
 「はぁ?!……あ!お前、押し付けたなー!?」

 あっさり先輩を売ったリョーマはさっさとその場を離れていく。当然のように百合も連れて。

 「行こ」
 『?』
 「買い物行くんでしょ。ほら早くして」

 百合の腕を掴んで離そうとしないリョーマ。貴重な休日に憧れの先輩に偶然会えたのだから、二人でデートができるこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。リョーマにしてはテニス以外でこんなに行動的になれるのは珍しかった。

 「リョーマくん…」

 結局、半ば強引に連れていかれる形で百合はリョーマと買い物に向かうことに。その二人の後ろ姿を見ていた桜乃は一人だけその場から動くことができず、そしてそれを気にしていたのは百合だけだった。

 ***

 あの後リョーマのと共に百合は都内某所にあるショッピングモールにきていた。勿論、一番の目的である今季の新しい服を買うことも忘れていない。

 口数の少ないリョーマと元々無口な百合、そのため一緒に歩いているのにあまり会話はない。それはいつかのリョーマと桜乃と似たような光景だが、この二人の場合は不思議と気まずさは一切感じられなく、何を言わずとも相手の行動を読み取る姿はまるで熟年夫婦かよ、と突っ込みたくなるほど。

 そして百合はあるアパレルショップの前を通りがかったとき、並んでいる服がそれとなく気になって立ち止まる。すると途端に店員のレーダーが!!

 「(やだ、あの人めっちゃ美人…!!お洒落させたいぃ…!!)
 いらっしゃいませぇ〜。ごゆっくり御覧くださぁい。あ、お客様なにか気になる服でもありましたかぁ?試着もできますからいつでも仰ってくださぁい」
 『!?』

 アパレル店員あるあるのハイトーンボイスと独特のイントネーションで声をかけられて掴まる百合。
ちなみに、こういうときコミュ症は突然店員に声をかけられてしまうと萎縮してしまい、うまくかわすことができないのだ!いつもならカバーに入ってくれる釜野もいない今、百合はどう返事をするのが正解なのか焦るばかり。

 『……っ、』
 「え、あの、お、おおおお客様…!?」

 無言からの、その整った顔は真顔で見つめてしまうと威圧感を与えてしまうことを彼女は知らない。
また店員の方も、声をかけただけなのに「美女がこちらを睨んでいる!?まさか怒らせてしまった?!」と今度はこちらも焦り出した。
 そんなふうに両者が見当違いのすれ違いを起こしていれば、そこへようやく救世主がやってきた。

 「あ、いた。急にいなくなってどうし……あぁ、この店が気になんの?」
 『!!』
 「(弟さん?…はっ!もしかして姉弟仲良くお買い物とか!?)」
 「ふーん。……それならこっちにしたら?」
 『!』
 「これ試着できるよね?」
 「は、はい!もちろん!えっと…で、では向こうのフィッティングルームにご案内しますねぇ〜」
 「先輩、着たら一回見せてね」
 『!?』
 「(え!?この二人そういう関係なの!?先輩後輩でデートしてたってこと!?やっだ何それ素敵ぃ…!!)」

 そうして、ふらっと戻って来たリョーマの後押しによってようやく話が進み、なんとか試着にまで至った百合。
 ところが試着したあと必ず見せるようにと言われたのに、今度は「変じゃないか」とか「見せるのが恥ずかしい」などといった羞恥心が出てきてしまい、着替え終わっても試着室のカーテンを開けることができずにいた。

 「ねぇまだ?」
 『!!』
 「ハァ…余計なこと考えてるとこ悪いんだけどさ、開ける気ないならこっちから開けるよ」
 『!?』
 「10、9、8、7…」
 『…!!?』

 さすがに待たされてしびれを切らしたリョーマ。結局、謎のカウントダウンを始められては百合にはどうすることもできないためカーテンを開けざるを得なかった。

 『……』
 「……」
 『!?』

 言われたとおり着替え終わった姿を見せたはいいものの、何故かリョーマはじっとこちらを見るだけで何も言わない。もしや自分のあまりの似合わなさにリョーマが言葉を無くしたのではないか。そう思い込んだ百合はショックのあまりカーテンをそろりそろりと閉めようとするが、直ぐにそれはリョーマが咄嗟に出した手で止められる。

 「ちょっとなにしてんの」
 ―――『すみません…、似合わないですよね。』
 「いや別に…そーいうわけじゃないから。……いいんじゃない?」
 『?』
 「っだから、」
 『……』
 「……似合ってるって、そう…言ってんの」
 『!!』

 顔を赤らめた二人の間に謎の空気が流れる。
 そしてこのとき、二人の様子を少し離れた位置から見ていたアパレル店員は菩薩のような顔で「(もう付き合えよ)」と思ったらしい。

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