転入生
うちの中学校は隣り合う二つの町の小学校から上がってきた生徒たちが一緒になって通うところだ。でも、私たちの町は小さいのに対し、隣町は大きい。
だから、私たちが通っていた小学校が小さな学校なのに対し、同じ中学に通うことになるもう一つの小学校はマンモス校だった。そのため元クラスメイトたちは少ない人数をさらにバラバラにされ、新しいクラスでたくさんの知らない生徒たちに混ざらなければならない。いうなればアウェー状態。
そんななかでもなんとか新しい友達をつくり、マンモス校に馴染もうと頑張っていた本当に平凡すぎる日常を送っていた私からすれば、“その子”はまるで非日常を背負っているように映って見えた。
***
今朝からうちの学年はいつもより浮ついた雰囲気が漂っている。それもその筈、今日うちのクラスに転入生がやってきたからだ。ようやく夏の暑さも落ち着き、秋の気配がしてきたこの時期に転入してくるなんて珍しいし、なによりその転入生は普通じゃなかった。
『美代ちゃん、英語ってこの教科書たちで良いのかな?』
「あ、うん。でもこっちの本はあんまり使わないかな、ごくたまにぐらい」
『へぇなるほど。まぁ確かにこの会話は気持ち悪いや。読む気にはならないよね』
「…え?」
『え?』
私の隣の席になった転入生―――間宮百合ちゃん。
彼女は普通じゃない。それは私がよく分かっている。何故か、それは私と彼女が小学校4年生まで同じ学校に通っていたから。
小学5年にあがるときに、彼女は突然私たちの前から消えた。消えた、といっても海外に行っただけ。そもそも百合ちゃんは小さい頃からよく海外を渡り歩いていて、学校を休むなんてしょっちゅうあった。だからアメリカに行ったと聞いても、きっとまた直ぐ帰ってくると思っていたのだ。しかし結局、卒業まで彼女は帰ってこなかったけど。私は馬鹿だから、“渡米”という単語も後から母が教えてくれたのだ。
でも小学生の頃から何をしているか、本当に分からない子ではあった。クラスメイトから聞く彼女の噂はどれも突飛出ていて、
「元軍人に鍛えられているらしい」「ドイツで楽器を弾いている」「イギリスの大学に通っている」「韓国でアイドルを育てている」「芸能事務所にスカウトされた」「アメリカでダンサーをしている」「要人警護もやっていた」
そんなチートな人間どこにいるんだ、と突っ込みたくなってしまうような内容ばかり。それにまだ小学生の子供ができる芸当じゃないし、当時から漫画を読み漁っていた自分からすれば「そんな漫画みたいな話ある筈ない」と言いたいところだった。
でも、「そんな漫画みたいな話」を信じてしまいそうになるのは、目の前にいた少女が実際とんでもない完璧超人故だからなのか。
テストはいつも満点。全国学力テストでも常に一位だった。
運動だって、彼女にできないことは何もない。短距離も長距離も、球技も体操も、身体能力は大人顔負け。私が一番びっくりしたのは、昔百合ちゃんが不審者を返り討ちにしたこと。武術が強すぎたあまり気絶した大の男を交番まで送り届けたという事件だ。それ以降一番怒らせたらヤバいと皆が口を揃えていたのを憶えている。
音楽などの多方面でも常人離れした才能を持っているし、挙げればきりがない。
文武両道、多芸に秀でた彼女の完璧超人振りは、私のような元クラスメイトなら多分周知の上だし、今更驚くことはない。でも、そんな私ですら長年慣れないものが一つ。
「…CGみたい」
私が一向に慣れないもの。それは百合ちゃんの、人間離れした美しい相貌だった。
美術部の私からしたら、それこそCGで精巧に作られた芸術品のようで。彼女を美術館に置いたら誰もが立ち止まって見惚れてしまうに違いない。
すっと通った鼻筋に、雪と見紛うほどの白い肌、長い睫毛によって影を差す三白眼の瞳は色素が薄いからヘーゼルのような色をしている。
ハーフみたいな程よく堀の深い顔立ちは、神様によって懇切丁寧に作られたとしか思えないほど整っているし。
女性らしい可愛さというより、中性的な顔つきから“綺麗”とか“美しい”という言葉が似合う。
どの角度から見ても美しく、特に私は彼女の横顔がとりわけ好きでずっと見ていられる気がする。絵のモデルにしたいほどに、綺麗なEラインをしているのだ。
それに美しいのは顔だけじゃない。身体つきだって、中学生とは思えないような手足の長さを持っているのだ。どこについてんの、と言いたくなりそうな腰の高さと股下の長さ。アジア人にはないそのスタイルの良さは、もはや遺伝子レベルの問題だろう。
スカートのウエストの細さはちゃんと臓器入っているのか疑いたくなるし。同じ制服を着ていても、百合ちゃんが着るとまるで違うものに見える。
だから――多分、転入早々に皆が騒いでいるのは、百合ちゃんの美しさにあてられたせいだと思う。
男女ともにチラチラ視線を送っているし、私と同じように横顔だけでも魅了されている人もいるに違いない。
小学校時代とはまた違う大人びた美しさに、慣れない私は未だ彼女と目を合わせられないけど、隣の席になったのは何かの運命なんだろうと、とりあえず受け入れることにしてみる。