翌日、百合が廊下を歩いていると前方に見知った人物を見つけ声をかける。
その人物は昨日、百合たちの目の前から潔く逃げ出した男であった。

「羽山くん、おはよう」
「あ、…昨日のことだけどよ…」

百合を目にしたと思えば、今度は何故か目を逸らしつつも羽山は何かを伝えようとしていた。
しかし百合が率直に疑問に思っていたことを投げかける。

「…キミってやっぱりただのキス魔なの?」
「ち、違うだろ、幼稚園の時と……その…去年と…」
「……何が?」

口ごもりながら答えようとしているが、どんどん声が小さくなっていく羽山。
そして結局いつもの台詞になってしまうのだ。

「別に…」
「…羽山くんって普通に良い人かと思ってたけど、男としては残念だわ。まさか風花ちゃんにまでしてるとはね」
「テメェに……テメェに言われたかねーんだよ」
「何ですって?」
「テメェこそ女失格なんだよ」
「あら、そう見えたなら眼科をお勧めするわ。これでもプロのモデルとして少しは頑張ってるんだから」

サラリと耳に横髪をかけ余裕の笑みを浮かべる百合に、羽山もウッと言葉を飲み込む。
中学に上がっただけだというのに彼女の美貌はさらに拍車がかかってきているようだった。
同年代の子より大人びているのは性格だけでなく、その身体つきも少しずつ女性へと近づいていっている。
そしてそこで丁度よくチャイムが鳴った。

「じゃあね、羽山くん」
「おい、倉田妹」
「何?」
「言いたかったことはそれだけかよ」
「……他に何か、言って欲しいことでもあった…?」
「…別に」
「そう。それじゃあね」

艶やかな黒髪を颯爽と揺らし自分の教室へと入っていく彼女の背を見送ると、むかつくと零していた羽山であった。

▽▲▽

そしてその日の放課後。百合は紗南・風花と共に帰宅していた。
途中話の話題になったのは例の羽山のことだった。

「そりゃ昔と比べて背格好は変わっとるけど、アッキーは何も変わっとらん。昔通りの嫌なヤツや」
「ふーん、そうなんだ。やっぱねーアイツは昔っからなんだ」
「……でも、最近は少し変わってきてると思うけど…」
「あ!噂をすればや!」

前方に見えたのはその羽山と、何故か近くにいたのは見知らぬ女子生徒二人。
何やらカメラを持っている子が彼に話しかけ、もう一人は恥ずかしがってか女の子の背に隠れている。

「あのね、だからこの子が羽山君のファンで是非一緒に写真を撮って欲しいんだって。ね!いいでしょ?」
「悪いけど…」
「え?なんで!いいじゃない!一枚くらい!この子、ホントに入学式から羽山君に惚れちゃって!」

その会話が聞こえていた紗南たち。

「は、羽山がモテてる!?」
「中身を知らんてのは怖いなー。見てくれだけはモテそうやもんな、アイツ」
「………」
「ゆ、百合…?どした?!なんかいつもより空気が冷たいぞ!?」

今までどちらかというと女子に嫌われていた立場の羽山が、まさかの女子に好かれている現状に紗南は驚き、百合はいつもの無表情で彼等の様子を見ている。

「お願い!一枚だけ!」
「嫌だ」
「スグすむからホラ並んで並んで!」

半ば無理やり写真を撮ろうと迫ってくる女子生徒たち。
そしてそんな彼女たちに羽山が遂に言い放った。

「得体の知れねぇ女が自分とツーショットの写真持ってるなんて不気味だってんだよ」
「な、何よ!アンタ!サイテー!何様よ!やめなやめなこんな男!」
「貴方達、写真をお願いする相手に自分の素性を教えないのは…野暮なんじゃない?」

逆ギレし立ち去ろうとする女子生徒たちに言葉をかけたのは、様子を傍観していた筈の百合だった。彼女が珍しく自ら動きを見せたのだ。

「羽山くんが“得体の知れない”と言っていたということは、名前やクラスをちゃんと名乗ってないんじゃないかしら?相手に何かをお願いする際は先ず自分から名乗るのが常識だと思うけど…。
それに、よく知りもしない人に勝手に写真を撮られること……ウフフ…どういう気持ちか、よく分かっていて?」

モデル・女優という仕事上、日頃からパパラッチにスクープ狙いで写真を勝手に撮られることが多い百合。
そんな彼女の美しい笑みは普段なら見惚れるようなものだったが、今回ばかりは底冷えするような恐怖が垣間見えた。

「「ご、ごめんなさいぃ…!!」」

二人は一気に顔を青ざめると、揃って謝罪を述べて一目散に去っていってしまった。

「あら嫌だわ。人を化け物みたいに」

腕を組み頬に手を当てて首を傾げる彼女に、流石の羽山も引いていたらしい。

「ったく…オレよりお前の方がよっぽどこえーよ」
「何か言った?羽山くん」
「ナンデモナイデス」
「百合ちゃーん!!」

二人の元へ駆け寄ってきたのは紗南たち。

「ウチ、感動したで!かっこよかった!!」
「まさかアンタが動くなんてねー、百合も成長したってことかー」

キラキラした瞳で百合を見つめる風花と、感心したように頷く紗南。

「でもなアッキー!それにしたってあの態度は冷たすぎや!なんか別の言い方あったんとちゃうんか!」
「いちいちうるせえな!オレは好きでもないヤツに優しくするのが優しいとは思わないんだよ!」

そう言った羽山と目が合ったのは百合だった。
まるで何かを伝えるかのように此方を見てくる彼に百合も逸らすことはできなかった。
結局その後羽山はさっさと帰っていったが、それを見ていた風花が不思議なことを口にした。

「アイツ…ただの嫌なヤツでもなさそうやな」
「え?」
「羽山や!アイツ、筋が通っとるわ。かっこええとこあるやん!なんや……おもろいやん」
「へ?!」

風花の言葉に驚いている紗南だったが、二人の斜め後ろにいた百合は静かに風花の横顔を見つめていた。

ALICE+