そうだ、慰安旅行に行こう1
世間のごく一般的な野球部は、いわゆるシーズンオフとなるこの時期。
青道野球部は今日もハードな練習をこなしたのち、其々課題克服のために自主練へと入って行った。
マネージャーである巴は後片付けをして日誌を書いてから、春乃と寮まで戻った。
あとはこの日誌をスタッフルームに届ければ今日の仕事も無事完了。
「先輩、私持って行きますよ!」
「ありがとう。でも高島先生に呼ばれているから私が行くね」
ボトルを所定の位置に戻して、その場で春乃と別れた。
高島先生がわざわざ呼び出すほどの用件。実は呼ばれているのは巴だけでない。
「お、来た来た」
「ごめん、お待たせ」
「んじゃ行くか」
「しかし何の用やろな?」
高島先生に呼ばれていたのは、新キャプテンの御幸、副キャプテンの倉持と前園、そしてマネージャーリーダーの巴の計四人。
年末のクリスマス会に関してだろうか、それにしてもまだ早い気もした。
「赤点取りそうなやつへの注意喚起とかじゃねーの?」
御幸の言うとおり、期末試験への心配であれば四人とも頷けた。
特に一年レギュラーの二人が頭を過る。
そうこう話しているうちにスタッフルームに到着した。
挨拶をして中に入ると監督も部長も落合コーチもおり、皆でコーヒーを優雅に飲んでいた。
なんでも夜からは保護者会があるとかで今日は練習が早く終わったはず。
「ごめんね来てもらって。保護者会前に確認をとりたくてね」
確認とは何だろうと四人とも何のことだか分からずに首をかしげていると、太田部長がこっちにやってきた。
そして1枚のプリントを見せられる。
「えっ、」
「これって」
秋の大会で優勝を決めた、青道野球部。
このオフシーズン、ゆっくりなんてしていられない。
けれどちょっと骨休めの時期も数日あっても良いのでは、と保護者会から声があがっているらしい。
〈野球部・慰安旅行についての案件〉
プリントには大きな字でそう書かれていた。
「え…慰安、旅行?!」
「親が言ってんの?父兄が?」
「ええ、先にこの用紙がこちらに届いてね、今日はこの事で保護者会があるの。
とりあえずあなた達の意見を聞きたいと思ってね」
「意見って、そりゃ…俺たちは…」
選手三人が一斉に斜め下に目線を移したのに気がついた。
秋大期間中に修学旅行があって、去年も今年も部員は行けなかった。
修学旅行は高校生活の中でかなり上位の思い出となるイベントだ。
そんな修学旅行に行けずに、皆を見送って学校で寂しくサッカーをやっていた。
口には出さず「秋大中だし」で、暗黙の了解の中話題に上げないようにスルーしていた、
本当は行きたかった修学旅行。
監督が奥のソファーの方から無言でこっちを見ている事に気がついていて、誰一人言葉を発しない。
「高島先生」
「ん、何?月代さん」
「皆、多分嬉しくて言葉にならないんだと思います」
「あら…うふふ」
監督を前にして黙り込む三人。
前園と倉持は汗をかいてソワソワしており、御幸に至っては高島先生の机に置いてあるスコアブックの表紙をじっと見つめたままで、さっきからまったく視点がずれていない。
しかし、その沈黙を破ったのはまさかの監督だった。
「ほんの二、三日程度だ、たまにはいいんだぞ…息抜きも必要だしな」
「「「っ、監督!!」」」
「息抜きの後は、また精一杯練習やらせます」
「そうね…それじゃあ、その方向で今日は話を進めてくるわね」
監督の温かい一言に三人とも一斉に顔をあげて嬉しそうな顔を見せていた。
その後、スタッフルームを出ると三人は早速旅行について話し出し、巴はその後を静かについて行った。
「旅行かァ」
「修学旅行いけなかったもんな俺ら」
「場所ってどこなんだろうな、何泊できんだ?」
「俺、関東脱出してみてぇ!!」
「はっはっは、何?倉持お前関東脱出した事ねーの?だっせー」
「うるせーな!中学ん時はかったるくて参加してねーんだよ!お前はどこ行ったんだよ!」
「俺の中学は京都行ったぜ?」
「他は!他はどこ行った事ある!?」
「……いや、京都だけだ…」
お前だって同じようなもんじゃねーかと、つまらない事で競っている二人。
さらには小学校はどこだったかなんて、どんどんヒートアップしていく。
「…前園はどこに行ったの?」
「つ、月代さん俺に聞く!?」
「お前もどうせ京都だろー?」
「ちゃうわ!俺の中学は、ディズニーラ…」
「「似合わねぇー!!」」
「やかましい!!」