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昔、陸で男の子に会った。
夜に溶け込むような黒髪が、とても綺麗な子。

―――あなたは私を覚えているだろうか?


目覚ましの音を耳に入れながら少女は目を開いた。
起きてすぐ目に入ったのは、いつもの自室の天井。
少女は起き上がると、そっとカーテンを開いた。
窓の外ではいつも通り魚が泳いでいる。ここは汐鹿生(しおししお)。
エナを持った人間が生活をする海の中の村である。

「今日から、陸…」

少女の名前は藤宮巴。ここ汐鹿生に住む中学2年生だ。
布団から起き上がると巴はクローゼットへと近づいた。
そのクローゼットの中には私服のワンピースやスカートと一緒に茶色と白、二つの制服が並んで掛かっている。
なぜ制服が二つもあるかというと、少子化で巴たちが今まで通っていた学校が廃校になるからだ。
片方は新しい学校の制服である。実は茶色の方が新しい制服なのだが、巴は迷うことなく白い方を手に取った。

特に彼女の中で決まった理由はないのだが、口煩く波路中──海村の学校の制服を着て来いと言った一人の友人の為だ。
巴と一緒に新しい学校に行くのは彼女を入れて五人。
きっと、皆こちらを着て行くだろう。そうしないと煩いのはわかり切っていた。
小さい溜息をつきながらも、巴は着慣れた制服に腕を通した。

「うろこ様、新聞をお届けに参りました」
「うむ。ご苦労」

まだ朝早いため、学校に行くまでは時間が十分あり、それも考えて今日も早起きをし鳴波神社へと足を向けた。
中には汐鹿生の守り神で、自称「海神様の鱗」の「うろこ様」がいる。
一見若い男性だが、口調は老人で年齢不詳。気まぐれに呪いをかけては楽しんでいる。
そんなうろこ様を横目に、朝の仕事として簡単に社の周りを掃除する。
「藤宮家」は神社の巫女の役割を代々担ってきた。
本来なら成人した女性が行うのだが、藤宮にはもう巴以外の人間はおらず、彼女は「巫女見習い」として既に神社の巫女として働いている。

「やはりお前には、そっちの服の方が似合っておるのぅ」

巴の制服姿を一見し、うろこ様が新聞を読みつつ話しかけてきた。
彼女の方は掃除を終えたので片付けをし始める。

「…何故ですか?」
「巴の“ないすばでぃ”が強調され――「セクハラはやめて下さい。訴えますよ。それより早く髪色の方やってください」
「……相変わらず儂を敬う気、ゼロじゃな」

うろこ様の前に正座する巴。
しかめ面の顔ですらまばゆい光を放っており、つい目を細めてしまいたくなるほどの美貌を持つ少女。
銀の長髪は光の反射で時折きらきらと輝いており、青い瞳に影を差す程に長い睫毛は、海村では珍しい髪と同じ色だ。
まして真珠のような少女の真っ白な肌と顔つき。
その美貌は助長されすぎており、まさしく今にも強烈な光を放って消えてしまいそうなほどの儚さを醸し出していた。

「儂はお前の銀髪を気に入っているのだがな」
「…大勢の人間がいる陸では、私の髪色など異端です。
それに、暫くしたら色は直ぐ元に戻るんでしょう?」
「まぁな。…では術をかけるとするかのう」

巴は自分の髪色が周りと違うことを知っている。
常人ではないうろこ様ならまだしも、人間である自分が白銀の髪など可笑しいに決まっている。
海村の人々は巴の髪が生まれつきであることを理解しているが、陸の人間はそうはいかない。
最悪、“不良娘”と思われるかもしれないのだ。
そういうわけで、巴はうろこ様に頼み、髪色を変えれる術を毎日かけてもらうようにした。

「ほれ、できたぞ」

数分も経たないうちに術式は終わり、目を開ければ自分の長い髪はいつの間にか艶やかな紺色になっていた。
手鏡で確認すると、ちゃんと睫毛まで変わっている。

「ありがとうございます」
「全く面倒じゃのう。学校に行くために、髪色を変えるなど」
「御迷惑をおかけしてすみません。でも…この方がいいんです」

最後の言葉は小さくて聞き取りづらいが、地獄耳のうろこ様には届いていたようだ。
けれど、特に会話も続くことなく妃はその後準備をすませ学校に向かった。

***

すれ違う人々殆どが巴の髪色を見て驚いた顔をしていたが、殆どの人が「似あっている」と声をかけてくれて、
内心安心しながら挨拶を交わしていうると巴は途中足を止めた。
前方から見知った人物が走って来たのだ。

「まなか、おはよう」
「お、おはっ、おはよう!巴ちゃん!
わわ!凄い!ホントに髪変わってる!」

何故か半べそをかきながらも挨拶を返した少女は向井戸まなか。巴の友人の一人だ。

「…どこに行くつもり?そちらは反対方向よ」

巴は髪色について特に話すわけでもなく更に抑揚なく話題を変えると、今度はまなかが何か言いたげな顔をし出す。
そしてまなかの格好を見て、巴は彼女の様子がおかしい理由を理解した。
制服が違うのだ。巴は白に青い襟のセーラー服なのに対して、まなかは白のブラウスにミルクブラウンのベスト、そして茶色のスカートという陸の学校──美濱中の制服を着ていた。

「ひ、ひぃくんに…この制服着たら凄い怒られて
それで今から…着替えに行こうと思ってっ」
「そう。じゃあ私は先に行くわね」
「え!?ま、待っててくれないの!?」

さっさと歩き出そうとした巴に、まなかは泣き顔で止めてきた。
光たちは先に行ってしまったようで、一人で行くのは心細いらしい。
しかし、そんなまなかに対し巴は至極不思議そうに言った。

「どうして?波中の制服を着てこなかったのは、あなたの責任でしょう」
「そそそ、そうだけどぉ…っ」

巴の態度はまなかにはいつものことだが、今日ばかりは涙を溜めて訴えてくる。

「………はぁ。仕方ないわね、路線バスの乗り場で待ってる」
「っ!ありがとうっ!巴ちゃん!」

一気に表情が明るくなったまなかは、巴の横を通り過ぎ家の方へと走っていった。
その後ろ姿を見つめ、また深く溜息をついた。

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