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バス停でポツンと一人立っていた巴。
暫くしてから、こちらに向かって元気よく手を振るまなかが見えてきた。
「おまたせー!」
「…遅い。あなたのせいで遅刻になったらどうするの?」
「ご、ごめんなさいぃい!」
クールビューティーな巴に対し、臆してしまったのか涙目になるまなか。
これでは朝と全く同じ状況だ。
汐鹿生の橋でオロオロしているまなかを見て呆れながらも、「行くよ」と声を掛けようとする。
――その時だ。
まなかの後ろに覆い被さるようなものが見えた。
あれは…陸の漁業網だ。
「っ、まなか!危ない!」
「え?うゎあああ!?」
網に捕えられそうになるまなかを庇おうと手を伸ばした巴だったが、結局は一緒に巻き込まれてしまった。
「きゃあああ!?」
「まなか落ち着きなさい…!」
これ以上状況を悪化させまいとパニックになっているまなかを宥める。
網の中は当然人が入っているのだから狭く、まなかがもがいても碌な抵抗にはならず、ついには水の中から引き上げられてしまった。
「っ、ぷはっ………あれ?」
二人が海から上げられ目を開けると、そこには夜空に溶け込んでしまいそうなくらい黒い瞳と髪をもった一人の少年が漁船に立っており、巴と視線が合った。
この少年が引き上げたのだろうか。
「…あの、とりあえず降ろしてくれませんか?」
「え、あぁ…」
冷静にお願いする巴に少し動揺した少年だが、次には平静を戻し、二人を丁寧に漁船へと下ろしてくれた。
そこからは散々だった。
陸に上がったと同時に駆け寄ってきた光に怒られるは、陸の子を見つめるまなかを見た光が機嫌悪いはで。
その様子を傍観していた巴だったが、この奇跡のような、運命のような…この出会いは…“初めて”ではないことをまだ知る由もない。
***
やたらとのんびりとした口調の教師に連れられて、巴たちは教室へと足を踏み入れた。
やはり教室には茶色の制服を着ている人ばかりで、汐鹿生の五人は大分異質だった。
教壇に立つ五人はそれぞれが全く別の反応で、ちさきは少し恥ずかしげで、
要は相変わらず飄々としていて、光はムスッと難しい顔、まなかはやはりおどおどしている。
巴はというといつも通り無表情。
そんな中で、担任の教師に促されるまま、ちさきが一番に自己紹介をした。
彼女らしい真面目な挨拶だ。
「伊佐木要です。どうも」
ちさきの次に要が名乗った時だった。クスクスと笑う声が聞こえてきたのだ。
確かに軽すぎるほどに軽い挨拶だったが、彼は何も可笑しなことは言っていない。
「なんか魚臭くねぇ?」
「やっぱ、海の奴らはだせぇよな」
言葉が視線が笑い声が、五人をどう思っているのかを如実に語っている。
要の次に挨拶をする予定だった巴も、こればっかりは居心地が悪そうに次の言葉が紡げずにいた。
特に彼らほどの思春期の少年少女は、自分たちと違う何かを避ける傾向がある。
それが悪いわけではないが、避けられる方はやはり堪えるものだ。
そんな状況に業を煮やした光は顔に青筋を浮かべて、笑い声を打ち消すように大きく腹から声を出した。
「あーあ、くせぇくせぇ!」
ピタリと笑い声が止まり、教室中の視線が光へと注がれる。
「先島光!地上の奴らは豚臭いっすね。よろしくプギーッ!!」
先程のお返しとばかりに、馬鹿にしたように豚の真似をする光。
光の隣に立つまなかはポカンと光を見ていた。
今度は美濱中の生徒たちの方が居心地が悪そうだった。
そんな光をまなかが諌めるが、光は逆にまなかにもやれと言い出した。
当然まなかはそれを拒否するが、光はそれを許さない。
今朝と同じでまなかの両肩を掴み、前後にブンブン揺すったのだ。
それを一番遠くにいたちさきが慌てて止めに来る。
「やれ、まなか!」
「…っ、もう……ひぃくんとはお話しないよ!!」
「上っ等!」
ちさきを真ん中にしてお互いに顔を背ける二人。
どうしてこう、いつでもどこでも二人はこうなのか。
巴は溜め息を吐くと前を見た。
「…藤宮巴です。失礼なことを言って申し訳ありません。
これからよろしくお願いします」
謝罪を述べながら挨拶し小さく頭を下げる。
「なっ…!てめ、巴!俺が悪いってのかよ!」
「光!妃に当たらないのっ」
隣で光の抗議の言葉やちさきの慌てた声が聞こえてきたが、特にそちらを振り向くことなく、前を見続ける巴であった。当然ながら教室には巴を見る目ばかり。
そんな中で一番奥に座る人と巴の目が合った。
今朝、まなかと巴を捕まえた少年だ。
直ぐに目線を外した巴だが、沸き起こってくる胸騒ぎは気のせいだと言い聞かせた。
その後の一つの誤算は初日から体育があったことだった。
ちさきと巴は休んだが、まなかは遅れながらもしっかりと参加していた。
なぜかあの黒髪の少年と張り合った光が転んだのには心底呆れるしかなかったが。
そんな風に今日一日を思い出しながら、巴はサヤマートというスーパーで買い物をしていた。
野菜、魚、肉、と順番に見ていきながら今日の夕飯を考える。
鯖が安い。これは焼き魚になりそうだ。
「あら、妃ちゃん」
「あかりさん」
声を掛けてきた女性は光の姉、先島あかりだった。
彼女はこのサヤマートで働いている。
「学校に合わせて髪色変えたの?」
「はい。私のは地上には合わないので」
「そっか…、でも私は妃ちゃんの銀色好きよ!あ、今のもとっても素敵だからね!」
「どうも。あの、このことは濱中の子には…」
「勿論!秘密は守るから!」
巴の髪を紺色に変えていることは、海村の者だけが知っている。
できれば騒がれたくないので、うろこ様の人脈により皆に「秘密」にするよう事前に頼んである。
「今日は焼き魚?」
「はい。鯖が安いので」
「ふふ、すっかり主婦みたいになっちゃって」
「そんなことはありませんよ」
小さい頃から既に一人暮らしのような生活をしていた巴には、確かにこうして買い物をして献立を考えることが当たり前のようだが、中学生にして流石に主婦はないだろう。
とりあえず、安い鯖を1パックかごに入れて、巴はあかりに向き直った。
「お会計お願いしてもいいですか?」
「はい。じゃ、レジね」
巴の手から買い物かごを取って、あかりはレジへと向かった。巴もそれを追い掛ける。
「じゃ、お釣り。気をつけて帰りなよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
手を振るあかりに一礼して、巴は汐鹿生へ繋がる階段を目指した。
明日からの学校はどうなるのか。あまり良い想像はどうしてもできない。
それでも少しは過ごしやすい学校生活になれば良いと、そう思いながら巴は海へと飛び込んだ。
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