27


五年後―――

おふねひきの日から年月は流れに流れ、五年が経った。
あの時中学生だった者たちはもうすぐ成人する年になり、あの時小学生だった子供たちは中学生になった。
鴛大師はぬくみ雪が降り積もり、気候も外観もまるで冬のように変わってしまっていた。

事故の後、ちさきは看護学生をしながら紡の家に身を寄せ、
紡は街で大学生となって海洋研究をして、美海とさゆは中学生となり、
あかりには新しく男の子・潮留晃が産まれ、各々成長していた。
海は事件の後で海流が変化して汐鹿生に入れず、汐鹿生がどうなったかわからぬままとなっていた。
さらには原因不明の寒冷化も続き、調査に三橋悟教授が訪れていた。

――おふねひきのその夜、ちさきは一晩中泣いていた。
敷き布団の横で膝を抱えて、声を圧し殺して泣いていた。
そんな彼女に紡は何も声を掛けてやることができず、ただ扉越しに嗚咽を聞くだけだった。

紡も紡でその後の数日、心は空っぽのようだった。
海に落ちる前、自分に向かって微笑んだ彼女は…とても悲しそうで、辛そうで、泣きそうで。

そんな顔をさせたくなかった。
あんな別れ方したくなかった。

―――助けたかった。


『ごめんね』


あの時、自分に伝えていた言葉。
八年前と同じ、彼女の「別れ際」の言葉。

船で渡された“巫女の石”を見つめた。
何故、彼女はまた自分にこれを預けたのだろうか。
光に当てると虹色に輝く石は…自分を導いてくれるだろうか。

疑問が渦巻き、後に孤独と悲愁が彼を襲った。

***

冬の巴日の夜。
凍った海面の上で都会から来た教授と調査をしている紡。
一方、浜辺では美海とさゆのクラスの行事で海での炊き出しをしていた。
美海は、告白を受けるもそれをあっさりと断り、
想い人に好きな人がいると知っても諦めきれないその男子の姿に、
まなかを好きだった光の事を諦められないで、五年の歳月を過ごした自分の姿を重ねる中、
始まった巴日の光に導かれる様に駆けだした紡と美海。
彼と彼女が見つけたのは五年もの間、行方知れずとなっていた…光だった。

巴日を見ることなく、自宅待機していたちさき。
夜も更け出したころ外で物音が聞こえたため、出てみるとやはり紡が帰ってきていた。

「遅かったね。巴日は見れた?…教授は?」
「あかりさんのとこ…」
「どうして?」
「帰って来たよ…アイツ。光が帰ってきた」

それを聞いたちさきは驚きに息を呑む。
足元はふらついている。

「変わってない…五年前の姿のままだった」

光が帰って来た。本当ならば嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは何故か。
そんなこと、彼女には分かりきっていた。
結局、ちさきは自身だけ変わったことが複雑な心境なのか光に会うことを避けていたが、
偶然再会し「変わらない」と言われたことで、わだかまりが無くなったようである。

一方で光はあかりの家で暮らしつつ、その後は美濱中の美海のクラスに転入した。
かつては着用を拒んでいた美濱中の制服に身を包んで、あっという間にクラスに溶け込むんだ。

そしてある時、美海は誤って海に落ちてしまうが、何故か海の中でも息ができるようになっていた。
産みの母親が海村の人間であり、本来は陸の人間との子供には出なかったはずの『エナ』が彼女にも出てきていることが判明したのだ。

その後、光が戻ってから間もなく要も一人目覚め、紡と教授により起きた時の状況を聞きだしていた。

「それが…よく覚えてないんです。気が付いたら潮の流れに乗っていて…」
「じゃあ、村の様子も分かんねぇのかよ?」
「うん…」

それを聞き、光が悔しそうにまなかの名を呼んでいた。
紡は要に他に何か気づいたことはないか、と尋ねると要は何かを思い出したようだ。

「そういえば…音を聞いたような気がする」
「音?どんな?」
「サラサラって砂が流れるみたいな」

光は聞いたことがないようだが、今日海に落ちてしまった美海は同じような音を聞いたという。
教授はその話を聞き、何か考えられることがあるようだが、とりあえずその日はお開きとなった。

「光くんに続いて、伊佐木くんまで戻って来た。
汐鹿生全体の目覚めが近づいているかもしれない」
「本当ですか!?なら、鹿生に入れるんですか?」
「確かな方法はまだない…。最近になって分かったことといえば…
…汐鹿生の全体を、何か大きな壁のようなものが覆っていることだ。
まるで海村を守る“結界”のように見える」

教授がそう説明すると、光も村に向かって泳いでいるときに必ずその壁に進む道を塞がれてしまうという。

「だけど、僕はここ数年の急激な気象変化を解明するために、いずれ鹿生に行くべきだと考えている。
そのために先ずはその壁をどうにかすることが重要であるが、データもかなり揃った。
もう少し待ってくれ」
「頼みます!村の皆や、親父…巴もまなかの無事も知りたいし」

光と要が起き、事件の時に海に落ちてしまった鹿生の残りの子は巴とまなかだ。
彼女たちが今どうしているかは誰も知らない。
そういう状態ではどうも焦ってしまいそうな光を紡がお仕留めるように言う。

「眠っている人を無理に起こすのはよくない。
まだ分からないことだらけなんだ」
「わーってるよ。まぁ大丈夫だぜ、紡。
巴なんて寝起きスゲェ悪そうだから、逆に起こしたくもねぇよ」
「…巴は絶対に、静かに起きる」

少しふざけた調子で言う光だが、至って真剣な顔で答えた紡。
場の雰囲気は和んだように見えるも、ちさきは悲しそうな視線で紡と光を見ており、要もそんな彼女を見つめていた。

そして自然の成り行きとして、光があかり姉さん家に厄介になったの同様に、要は紡とちさきが済む屋敷へと居候することになった。

***

夜、紡は一人家の縁側でペンダントを見ていた。
海と同じ澄んだ蒼をしている、美しい巫女の石。月の光に当てるように掲げると虹色に変わった。

「それ、五年前巴に預けられたんだってね。
さっきちさきが言ってたよ」

ふと後ろから現れたのは要だ。
彼も石の輝く美しさに魅入ったように見つめる。

「あぁ。けど…それは13年前と同じだ」
「え、どういうこと…?」

どうやらこの話を要はちさきから聞いていないようだ。それから紡は話した。

自分が六歳の時、海に落ちたところを巴に助けて貰ったこと。
それ以降、十四歳で彼女に再開するまでペンダントを持ち続けたが、五年前のおふねひきで、何故か巴はまた自分に石を預けてきたこと。
お互いにお互いが好きであることを。

「そっか…そんなことがあったんだね」

全てを話し終えると、要は驚きはせずそれどころか納得した表情でいた。
要も察しがいい方なので、彼は彼なりに二人の関係を気づいていたのかもしれない。

「海に落ちるとき、巴が泣きそうな顔をしていたことは、今でもしっかり覚えてる。
だから、オレは彼女をできるだけ早く見つけたいんだ。

もしも今、一人で泣いているなら…抱きしめてやりたいから。
起きたら…今度こそあいつを守りたいから」

石を握る紡。その瞳は、決意を現す真っ直ぐな強さを持っている。

「…絶対見つけられるよ。きっと、巴も紡に会いたがってる筈だからさ」

そう言い残した要は、縁側を静かに離れて行った。
紡はまた“巫女の石”へと視線を戻す。

「巴…」

名前を呼んでも、彼女は今海の中で眠っている。
当然返事は返ってこない。

―――刹那、

「…っ!」

ほんの一瞬であったが、石が白く光ったのだ。虹色に変わるわけもなく、手の内まで輝くほど白く。
今まで見たこともない現象だった。
巴からも、このようなことが起きるなど一言も聞いていない。

僅かな白い輝きは、紡に返事をしたように見えた。
そう。まるで…巴と巫女の石は繋がっているように。

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