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陽が落ちてから、遂におふねひきが始まった。
最初に花火が空に打ち上がり、太鼓の音を皮切りに男たちの歌が始まる。
その歌をバックに旗を振る光を先頭に船が順に進み出した。
光以外も皆、それぞれ船に乗り込み、しっかり前を見据えている。

「海が…」

海の底から青い光が道を作る。間違いなくうろこ様の仕業だと分かった。
幻想的とも言えるその海を船は列を乱すことなく進んでいった。


───見えますか?海神様。

この広い海で私たちは取るに足らないちっぽけな存在かもしれません

でも、海の人たちも陸の人たちも皆一生懸命生きてます。

分かり合おうと、手を取り合おうとしています。

皆、ずっと一緒にいたいんです…大事な人とずっと一緒に…

だから海神様、あなたが本当にいるのなら…

お願いです海神様。どうか…

聞いてくれ、俺達の願いを!!


皆の想いが一つになる。決して届く保証はない。けれど届けたい想い。
船は変わらず進んで行く。
しかし、不意に海に異変が起きた。船の進行先に大きな渦が発生しているのだ。

「まさか…」
「海神様が本当に…」
「あかりさんを迎えに来た!?」

船は止まらないし、止められない。渦のせいで船が大きく揺れる。
その様子を見ていた妃はペンダントを外し、船を運転していた紡へと差し出す。

「……紡、これ持っていて」

そう言った妃の顔はずっと前を見ている。
その蒼い瞳に何が映っているか分からない。
投げ出されたペンダントを紡は慌てて空中で掴んだ。

「おい、妃…っ」

その時だった。あかりが船から落ちてしまったのだ。
まるであかりの乗る船を飲みこむかの如く、突然出現した大渦と高波に煽られて。

「あかり!」
「あかりさん!」
「向井戸!」

あかりを追って光、まなかが荒れ狂う海に飛び込む。
まなかの名前を紡が呼ぶが、二人は止まらなかった。

そして…――、

次の瞬間、紡の目の前に見えたのは、あかりと同じように船から落とされてしまった巴。
まるで時が止まってしまいそうな光景だった。

彼女は一瞬驚いた表情をしていたが紡と目が合うと、それは直ぐに切なげな笑顔に変わっていた。

『    』

何かを伝えるように口を動かす彼女。
それを見た紡の脳裏に映ったのは八年前のあの光景だった。


「……ごめんね、ツムグ」


「…っ、行くな!巴っ!」

名前を呼んだときには、もう遅かった。
巴はまなか達を追うように渦の中へと落ちていった。

渦の抵抗のせいで汐鹿生の人たちでもいつものように泳げない。
そんな中であかりに一番に追い付いたのはまなかだった。
まなかは精一杯あかりに手を伸ばし、その手を掴む。
それでも下へと引っ張る力の方が強すぎて全く浮上できない。

「やめて下さい!あかりさんには、待ってる人たちがいるんですっ。
お願い、連れて行かないで!皆、誰かの大切な人なんです!」

懸命にいるかどうかもわからない海神様に訴えかける。
それでもあかりを引っ張る力は弱まらない。

「…誰かを好きになる気持ちを、無理矢理引き離さないで!
───どうしても連れて行くなら…代わりに私を!」

勢いをつけてまなかが下へと泳ぐ。
先程までの力が嘘のようにあかりは上へと上がった。
それを光が慌てて支える。
しかし、光が見た先にいたのは、海の底へと落ちて行くまなかだった。

「まなかあぁああ!!」
「…ひぃくん」

光の伸ばした手はまなかに届く事は無く、
まなかは優しい笑顔で光に笑いかけた後、渦の勢いのままに海底へと沈んでしまった。


「…みんな…」

巴は一人、導かれるかの如く暗い海の中を沈んでいる。
やがて一筋の涙を流し、その美しい瞳を緩やかに閉じた。

するとそれを待っていたかのように、汐鹿生の外側に一瞬の間、薄く光が覆い…まるで村を守る壁のようだった。


嵐が止み、海が落ち着きを取り戻すのに時間はかからなかった。
しかし、船で海に出ていた者も、陸からずっと見守っていた者も、ただ呆然と海を見つめるだけで、
誰一人この状況に声の一つも出すことができなかった。

「見ろ、あれ!」
「誰か浮かんで来るぞ!」
「船出せー!」

男の指差す方には海に浮かぶ女性の影。

「───っ!お母さん!!」

美海が走り出す。至も慌てて彼女を追い掛けた。
海に浮かんでいたのは、おじょしさまの姿をしたあかりだけだ。

光が振っていた旗、そして巴が羽織っていた千早が海面に沈むかのように浮かんでいた。

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