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光が投げ飛ばされた後、暫く光は気を失っていた。
他の海っ子たちが水浴びをしている中、早々に切り上げた巴は光のもとへ戻っていた。
彼はまだ布団で伸びている。

「もういいのか?」

部屋には紡がいて、彼は水を汲んできておりタオルを濡らしている。

「ええ…前からこの家には迷惑をかけて…ごめんなさいね」
「別にいい」

紡から少し離れたところに巴も座り込む。
暫く沈黙が続いていたが、先に静寂を破ったのは意外にも彼女の方だった。

「あかりさんの恋人、海の女性と付き合う人って、皆…ああいう人なのかしら…」

紡が少しだけ巴に視線を向けた。
最近、彼女は滅法話しかけてこなかったというのに。

「私の母親…地上の男と駆け落ちしたの」
「え…」

突然の言葉に紡は息を呑んだ。

「幼かった私を置いて、一人で海村を出て行ったきり。
父は私が産まれる前に亡くなってるから…」

それはつまり巴には現在一緒にいる両親がいないということ。
もっと言ってしまえば、親族もいない彼女は天涯孤独の身。
小さい頃に全てを失った彼女は、一体何を思って生きてきたのだろうか。

今日、巴があかりの彼氏を見に来たのも、母親と駆け落ちしたその地上の男とは、陸の男とはどんな者なのか見に来たのかもしれない。
紡はただ静かに聞いていた。
その方がいいと思ったからか、それともどういう言葉をかければいいか分からないからか。

「ねぇ、キミの両親は…?」

巴にそう問いかけられて、紡は何故彼女がこの話題を出してきたのか理解できた気がした。
祖父と一緒いる自分が、もしかしたら自分と彼女には“同じ”ようなところがあると思ったのかもしれない。
けれど、現実は違っていた。

「オレの両親、町に住んでる」
「…そう、」
「……ゴメン」

紡が謝ると巴は「謝らないでよ」と言った。

「でも、何だかスッキリした」
「?」
「今まで誰にも自分からコレ話すこと…なかったから。
ありがとう…こんな暗い話聞いてくれて」

小さく笑った。本当に一瞬のようだったけれど。
とても自然で綺麗な微笑みだった。
思わず魅入ってしまいそうだったが、そこでふと紡は思った。

「あんた、笑っていた方がいい」
「…な……っ!?」

やはり少し変わっていた。
いつのと違い、まるで紡の前では素でいようとして…
誰にも心を開いていない彼女が…少しづつ彼に歩み寄っているようだ。

―――この人といると…何故だか調子がおかしくなる。

不思議に思いながら、また彼の方を目だけで追ってみると
丁度夕暮れの光で彼の胸元がキラッと光った気がした。

いつもは制服だから分かりにくいが、紡は今日私服で、見る限り彼は何かネックレスのようなものを首に下げている。
黒い紐が首元から服の内側に入り、どんなものかは見れないが、
光が映った瞬間、巴は目を疑うように少し目元をこすり、再度確認してみると、もうあの眩い光は現れなかった。
その後、まなかたちを呼びに行き戻ってみると光は既に目を覚ましていて、彼らはそのまま海へ帰ったのだ。

***

巴たちがいない間に光が紡と何かを話したのか、話さなかったのか、それは分からない。
しかし、光の中で何かが変わったのは事実で。
次の日の朝、校門付近で紡と合流した際、今まで頑なに名字すら呼ばなかった光が紡のことを下の名前で呼んだのだ。

「あ――!!」

光が紡と呼んだのを聞いて、まなかが大声をあげる。
まなかが紡と呼ぶのをあれほど嫌がっていた光が、
自分からその名を口にしたのだから当然といえば当然だろう。

「わ、私、下の名前で呼ばないようにしてたのに!
それってえっちなんでしょ、ひぃくん!」
「…ガキ…」

呆れたように溜息をつく巴。
いろいろとまなかは間違っている気はするが、それを訂正するのも大変そうだ。

「お、男同士だからいいんだよっ」
「ええっ」
「そうか…じゃあ、僕も。紡」
「あっ、要までズルい!私だって…いいよね、紡くん!」
「あ、ああ」

何故まなかがここまで騒いでいるのか一人だけ理解できないまま、紡は頷いた。
名前一つで彼らは何を大騒ぎしているのだろう。
紡の気持ちを代弁するとしたらこんなところか。

「もう、あんたたちはっ」
「決まりね!」

クスクスと笑い合う。転校のことやあかりのことがあって、最近は忙しなかったため、
海村の四人にとって、こういう雰囲気は久しぶりなように感じられた。

「あんたは呼ばないのか?」

四人がお喋りをしている中、紡は知らない間に巴の隣にいた。
巴自身まさか逆にそう言われるとは思ってもみなかった。

「名前、呼んだ方がいいの?」
「いや…別に」

巴が覗き込むように尋ねると、紡の視線が横にそれる。


「ツムグ」


刹那、巴の脳裏に浮かぶあの光景。

「…考えておくわ」

何故か先延ばしにしてしまったが、今はまだそれがいいと思った。
やはりまだ周囲の視線は良いものではないけれど、これがきっと最初の一歩になることだろう。
巴たちは紡を入れた六人で教室へと向かった。

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