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薄暗い音楽室にまなかが叩く木琴の音だけが響く。
ちさきは椅子に座ってそれを見つめ、巴はどこから取り出したのか本を読んでいる。
「光、少し落ち着いてくれるといいけど…ああなっちゃうともうダメだね」
「…あ!」
まなかは突然何か見つけたようで、それを拾い上げた。
「巴ちゃん、ちーちゃん、ウミウシ!」
振り返ったまなかの手の中にはお腹の赤いウミウシ。
キューっと手の中のウミウシがなく。
「凄い、お腹赤いの!」
ウミウシには二種類あって、お腹が緑のウミウシは食べられる。
お腹の赤いウミウシには誰にも言えない気持ちを話すと答えてくれる、これから先のことを。
「口から黒い石を吐いたらその気持ちは間違っていて、綺麗な石を吐いたら…」
「…その気持ちは宝石みたいに輝き続ける」
まなかは愛しそうにウミウシを撫でる。
「ねぇ、まなか。紡くんの事好きなの?」
「そっ、そんなぁ!何それちーちゃん!」
慌て出すもちさきの真剣な顔を見て、まなかは俯きながら口を開く。
「…、良く分からない」
「そっか」
そして後ろを向いてまた木琴を叩き始めた。ちさきはまなかの方を見ている。
その間、巴はずっと静かに読書をしているフリを続け、胸の心拍数が上がっていることが、とても不可解でならなかった。
「でも好きになったらお付き合いしたいって思うのかな。
お付き合いしたらその、あかりさんみたいにキスとか…」
まなかが言葉を止める。
バッと振り返って「えっちだと思った?」なんて聞く。
「ううん、全然思ってないよ。続けて?」
少し頬を赤くしながら続けるまなか。
「結婚したいって思って、そしたらここに帰れなくなるのかな」
「まだそういう事考える必要ないよ。好きかどうかも分からないんでしょ?」
好きかどうかも分からない、けどこれから大人になっていく過程で自覚するであろう気持ち。
「ちーちゃんも巴ちゃんもひーくんも要も好き、それは分かる。
けど、つむ…木原くんはちょっと違って良く分からないの」
「そっか」
そして私達の間にはしばらく沈黙が流れた。
「帰るぞー、まなか!巴!ちさき!」
光が呼びに来たのでこの話は終わりになった。
***
翌日、光たちはあかりの恋人を殴り込みに来ていた。
意気込んでいるのは光一人で、他の四人は付き添いというか、ストッパーというか。
巴は本来、こういうことには首を突っ込まない方だが、何故か今回はどうしても気になることがあるらしく付いてきていた。
しかし、いざ漁協に乗り込もうとした時、漁協から恋人の乗る車が出て行ってしまったのだ。
光は慌てるあまり、漁協に置いてある自転車を勝手に使って追い掛け、その光を巴たちが追い掛けるという構図が出来上がっていた。
坂道を登り、光に追い付いた頃にはもう四人ともクタクタだった。
木の影に隠れる光の後ろに息も絶え絶えに立つ。
しかし、先の家を見上げて、巴とまなかは驚いたように目を丸くした。
「ここって…」
「木原くんのお家だよ!」
「えっ」
そう、まなかと巴は一度だけ来たことがある、木原紡の家だった。
家の扉が開く音がする。五人は慌てて身を潜めた。
巴たちから見える位置に男性が姿を現す。
男性の姿を見た途端、光は我慢ができなくなったのか、木陰から出て走り出してしまった。
「ひぃくん!」
「光!」
「いきなり殴らないって言ったじゃないっ」
止める声も聞かずに拳を振り上げて向かっていく。その拳が届く直前だった。
横から網が光を覆ったのだ。当然光はその場に座り込み、網をどかそうともがく。
そんな光に紡の祖父が近づいた。
「この目…こいつは嵐だ」
「は!?」
「ひぃくん!」
「光!」
呆然と老父を見上げる光にまなかとちさきが駆け寄り、網を取ってやる。
巴と要も後からそちらへと向かった。
「光って、あかりの弟さん?どうして君が…」
「っ!お前のせいで、あかりが泣いてんだよ!
そんでもって、シシオのおっちゃんらに責められてんの!」
ぐっと彼の胸ぐらを掴む。この男性は本当に何も知らないのか。
確かに嘘を吐けそうな人には見えないが。
光の言葉の意味を理解する前に、老父が声を発した。
「あんた、その娘さんから聞いちゃいないのか」
「何をですか?」
「地上の人間と海の人間が一つになるのは、並大抵なことじゃない」
「じいさん…」
「それは、分かっています。
お互いのライバル関係や、漁場の問題も少なからずありますし……でも、そんなことは関係な――「そんなことは関係ない」
そう、そんなことは関係ないのだ。
もっと、もっとどうにもならない事情が地上と海の間にはあった。
それからは、紡も混じえての話になった。
地上の人間と海の人間の一番大きな違い、エナ。
地上の人間はこれを破って生まれてくるが、海の人間はこれが皮膚と一体化した状態で生まれてくる。
エナがあるから巴たち海の人間は水の中でも呼吸ができる。
しかし、海の人間と地上の人間の間に生まれた子どもは、エナを持たずして生まれてくるのだ。
つまり、あかりが赤ん坊を産んでも、共に海で暮らすことは叶わない。
「そうか、子孫が途絶えちゃうから…。
だから地上の人間と結婚したら村から追放されるのか」
合点がいったように要が呟く。海から出て行った人間は少なくない。
事実、巴たちも少子化のせいで波路中が廃校になって転校したのだ。
海の人間は減る一方だ。
「海村を追放!?どうして…どうしてあかりは何も話してくれなかったんだ…」
「…おい、お前っ」
「信じてくれ、光くん!
僕はあかりと中途半端な付き合いをしているつもりはないんだ!」
「え…じゃあお前、あかりと結婚するつもりなのか?」
「それは……」
言い淀む男性に再び光の眉がつり上がる。
はっきりと彼が答えたのなら、もしかしたら光も納得したかもしれない。
しかし、結婚となると、彼も考えが纏まっていないようだ。
「はあ!? がっつり付き合っちゃいるけど、責任取るつもりはないってか!最悪じゃねえか!」
怒りのままに胸ぐらを掴んだまま倒れ込む。そうして、光は彼を何度も殴りつけた。
まなかやちさきが止める声も聞こえていないようだった。
男性も抵抗もせず殴られ続けていたので、それも光に拍車をかけたのかもしれない。
しかし、それは紡の祖父の背負い投げによって終止符を打たれる。
勿論、投げられたのは光だった。
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