01 異世界からの来訪者
ここはどこだろうか。
大学に向かうため、通勤通学でごった返す電車に乗っていたはずだ。
座席に座りスマホを眺めていたところ眠気がやってきため、友人からのメッセージに返信して、駅まで一眠りしてしまおうと目蓋を閉じたところまでは覚えている。確かに覚えている。
次に目蓋を開いたら、全く知らない場所にいた。
自分はまだ眠っているのだろうと思いたかったが、夢の中にしては、ひんやりとした風が頬を撫でていく感覚がやけに鮮明だった。
どこかの駅のホームだろう。よくある横並びの椅子に、俺は一人ぽつんと座っていた。手入れされていないようで、足元にはゴミが散乱し、窓ガラスもヒビ割れていて荒れ放題である。人の気配が全く無いのも加わり、辺りは異様な雰囲気に包まれていた。天井に取り付けられている看板を見るが、俺の記憶に無い駅名だった。
混乱する頭で自分の行動を振り返るも全く分からない。いつものように電車で眠っていただけなのに、一体何があったのだろう。
ここが何処なのかを調べようとスマホをいじるも、何故か反応が無い。電源が切れているのだろうか。そう思って電源ボタンを押すが、画面は依然として真っ暗なままだった。見知らぬ場所でスマホも使えず、帰り方も分からない。詰んだ。
しばらく座っているが、電車はおろか人間すらやって来る気配が無かった。
こういう時はどうすればいいんだろう。とりあえず駅を出て辺りをうろついてみようか。何より、人気の無い駅に一人でいるのも少し怖い。
幸いにも貴重品の入ったトートバッグは手元にある。公衆電話があれば連絡も取れるはずだ。
ずっと座っているよりは進展があるだろうと思い立ち上がった。
「弓手町駅は……きんかいみん、警戒区域に近いため閉鎖しました?」
電源が切れて仕事をしていない改札を抜けて駅の外に出る。目に入った張り紙を読んでみるが、この駅が閉鎖している事しか分からなかった。むしろ、初めて見る単語のせいで新たな謎が誕生した。なんと読むのだろう。
通行人がいれば電話を借りたり道を尋ねたりできたのだが、残念ながら辺りを見渡しても人影が無い。せめて何か看板でもあればと顔を上げた先、ビルの間から見えたのは、距離感がおかしくなるほどの巨大な建物。
なんだあれ。
駅周辺の建物もそこそこ大きい。しかし、その無機質で真っ黒な外観は、それ以上に存在を主張していた。
なにやら外壁にマークが書いてあるが、ここからだと遠くてよくわからない。
あれだけ大きい建物があるなら周囲に人もいるだろうと適当に見当をつけ、怪しい施設でないことを祈り歩き出した。
しばらく行くと、道の先が有刺鉄線と金属製のフェンスで塞がれていた。ご丁寧に『ここから先、警戒区域の為立ち入り禁止』と書かれた看板まで下げられている。物々しい雰囲気に入ったら怒られるだけじゃ済まないことは分かる。これでは先へ進めない。
振り出しに戻ってしまった。駅に戻るべきだろうかと考えながら、なんとなく有刺鉄線に触れようとした瞬間。
「そこから先は入っちゃ駄目だぞ」
「うわ!?」
背後から突然声をかけられて肩が跳ねる。
振り向くと、独特なデザインのサングラスを首に下げた青年がいた。意外と近い距離に思わず後ずさる。
恥ずかしさと驚きで心臓をばくばくさせていると、青年が笑いながら二、三歩こちらに近づいてきた。
「悪い悪い、驚かせたな。こんなところで何やってんの?」
「あー、えっと、あっちの建物の方に行こうと思って……。でもこれじゃ駄目そうなので諦めます」
わたわたと有刺鉄線の先を指差し、俺より少し高い目線に合わせて答える。慌てて答えたので挙動不審になってしまった。立ち入り禁止だという場所も相まって通報されないかどきどきしていたが、俺の答えが意外だったのか、青年はきょとんとする。
「もしかして、あそこが何だか知らない?」
「はい……と言うか、この辺りのことは何も分からないです」
「……ここら一帯が警戒区域だっていうのは?」
「きんかいみん、の警戒区域っていうやつですよね。ここの看板に書いてある……」
先程の看板を指しながら伝えると青年は真面目な顔になり、俺を見つめたまますっかり黙り込んでしまった。……いや、俺のことを見ているわけじゃないのだろうか。微妙に視線が合っていない……気がする。
俺も人の事をとやかく言える立場ではないが、なぜこの青年は『入っちゃ駄目』らしい警戒区域とやらの近くにいたのだろう。
無言の空間が気まずくなってきた頃、ようやく青年が口を開いた。さっきとは打って変わって随分と晴れやかな顔をしている。
「おれは迅悠一。おまえは?」
「……夜坂時雨、です」
「夜坂ね。ここだと危ないから移動しながら話そうか」
青年――迅さんはにこりと笑みを浮かべ、踵を返して行ってしまった。
……おそらく、ついて来いという意味だ。
はっきり言って怪しい。本来ならほいほいとついて行かないほうが良いのだろう。が、今回は状況が状況である。それに、迅さんは何かを知っているような口ぶりだった。
俺一人ではこの状況をどうにかできるとは思えない。
あれこれ考えている間にも、彼との距離がどんどん開いていく。
迷っていても仕方がない。もうなるようになれ、と彼の後を追いかけた。