02 三門市
迅さんと並び、つい先ほど歩いてきた道を戻っていく。言われるがままについてきたのだが、どこに向かっているんだろう。迷いなく歩いていく彼の背中を見て、俺は少し不安になった。
早く帰りたいな、なんて思い始めたところで当初の目的を思い出した。この人に帰り方を尋ねれば良いのではないかだろうか。
「あの、迅さん。この辺りに駅とかバス停とかってありますか?」
「ん?あるけど……ああ、意味が無いと思うよ」
……意味が無い?
勇気を出して話しかけたら斜め上の返答が返ってきた。どういう意味だろうかと思わず立ち止まると、一、二歩先を行った迅さんが振り返り、「勘違いだったらごめんね」と続ける。
「夜坂はさ、この世界の人間じゃない気がするんだよね。この辺りを歩いてみて、何か気になることとか違和感とかあったんじゃないか?」
ぶっ飛んだ事を並べられ戸惑ったが、確かに気になることは沢山あった。
あちらこちらで見かける『近界民』の文字や、警戒区域とやらの中にそびえ立つ大きな建物。
何より、目が覚めたら閉鎖された見知らぬ駅にいたこと。自分で電車を降りた覚えもない。無意識や夢遊病で片付けたとしても、『弓手町駅』なんて名前の駅は沿線上に無いため、辿り着くことはありえない。冷静に考えればおかしな話だ。
それらを伝えると迅さんは少し考え、ポケットからスマホを取り出した。
「何か夜坂の家の住所が書いてあるもの持ってない?」
「学生証なら……」
素直に財布から学生証取り出して渡す。無用心だと言われるかもしれないが、この際どうでもいい。
印字された生年月日を見たのか、迅さんが「お、同い年だな」と呟いた。俺の方が年下なのかと思ってた。
スマホに住所を入力し、はい、と検索結果を見せてくる。覗き込むと、画面には『見つかりませんでした』の文字が並んでいた。以前、自分のスマホで検索をかけた時には、ちゃんと俺の家周辺の航空写真や地図が出ていたはずだ。
その後も最寄駅、大学と検索をかけていくが、似たような名前の全く別の場所が引っ掛かっただけだった。
どうして、と血の気がすっと引いていく。
「夜坂は、近界民のことは何も知らないんだよな?」
素直に首を縦に振ると、迅さんは『近界民』についての説明をしてくれた。
ここ――三門市は、四年前に近界民と呼ばれる異次元からの侵略者によって蹂躙され、一部地域が壊滅状態になった。
その地域に「こちら側の世界」を守るために設立された組織、界境防衛組織(ボーダー)の本部が建てられ、あたり一帯が警戒区域とされた。ボーダーの隊員は特別な技術で作られた武器を使い、未だ現れる近界民と戦っている。
そして彼は、そのボーダーに所属する隊員らしい。
まるで映画のあらすじを伝えるかのように、迅さんは淀みなく話していく。
SFじみた内容に冗談を言っているのかと思いたかったが、彼の表情を見るにそうではないらしい。
それじゃあ俺は、本当に。
迅さんは「おれの憶測なんだけど」と続ける。
「夜坂は近界民侵攻の無かった、別の世界から来たんじゃないかって考えてる。……まあ、おれも自分で言ってて信じられないけど、実際、夜坂は今ここに存在してるからな」
「別の世界って……俺は、どうすればいいんだ?」
そう呟いた声は震えていた。迅さんは先ほどよりも落ち着いた声色で話しかけてくる。
「心配するな、まだ完全に帰れないって決まったわけじゃない。時間はかかるかもしれないけど、おれも一緒に帰る方法を探すよ。行く宛が無いなら、帰る方法が見つかるまでうちに来ればいい……というか、その方がいいかもな」
そう言って微笑んだ彼に、数度瞬きをする。
どうして今日会ったばかりの、見ず知らずの俺にここまでしてくれるのだろう。それに、うちというのは迅さんの家ということだろうか。
気持ちはありがたいが、流石にそれは……と思っていると、俺の表情に出ていたのか、迅さんは違う違うと笑い飛ばした。
「おれは普段、ボーダー支部の基地に寝泊りしてるんだ。部屋もまだ余ってるし、夜坂一人くらいどうってことないだろ」
ああ、なんだ、そういう事か。
俺一人では、帰るためにどうすれば良いかなんて皆目見当もつかない。
財布があるとはいえ、学生の所持金なんてたかが知れている。それ以前に、違う世界だと言うのなら持ってる貨幣が使えるのかどうかも怪しい。そうなれば無事に帰るよりも、行き倒れる方が先だろう。
ボーダーという組織がどんなものなのかいまいち理解しきれていないが、他に行く宛もない。
どうやら俺は、この突飛な状況を受け入れる他ないらしい。
しかし、自分で言うのも悲しいが、こんなどこから来たのか分からない奴が、ボーダー支部の基地という大層な場所に押しかけても良いのだろうか。心配してそう伝えると迅さんは笑った。
「大丈夫だよ。おれが保証する」
いろいろと不安は残るが、実際に所属している迅さんが言うのだから大丈夫なんだろう。きっと。