34 異世界からの来訪者A
B級に昇格してから早数週間。
俺は隊に所属していない。そのため、他の狙撃手達にチーム内での立ち回りを教わりながら、他隊の穴埋めや混合部隊のメンバーとして任務にあたっている。
それから最近、支部内で迅を見かける回数が減っていることに気が付いた。おそらく例の暗躍とやらだろうが、それにしても多忙である。迅のおかげでこの世界の平和は守られていると言っても過言ではない。
働き詰めの迅の体調を案じることしかできないまま、この先動き出すであろう未来が平和であることを願った。
「大丈夫?」
「……む?おれか?」
「そう。さっきからずっと怖い顔してたから。どこか具合悪い?」
平日の早朝。通勤通学で賑わう往来のど真ん中で、制服姿の男の子が腕を組んだまま立ち止まっていた。
眉間にきゅっと皺を寄せて俯く男の子に、どこか体調でも優れないのかと思い声をかけたが首を横に振られた。
「別に具合が悪いわけじゃないよ。ねぇ、おにいさん。ここから学校までどう行くか分かる?」
「どこの学校かにもよるけど……。学校の名前は?」
校名を尋ねるが、即答できずにうーんと唸る男の子を見下ろす。ふわふわの白い髪に赤い瞳の小柄な少年は、どこか浮世離れした空気を纏っている。
暫くの沈黙ののち、思い出したのか「お、そうだった」と呟いた。
「えーと、みかどしりつ、だいさんちゅうがっこうってところ」
「第三中学校は向こうだね。よければ一緒に行こうか?」
「どうしようかな……うん、そうしよう。こっちか?」
「あ、ちょっと待って!信号赤!」
ふらふらと赤信号の横断歩道へ向かうため、慌てて肩を掴んで制する。
ここは交通量の多い道だ。一歩間違えれば大事故につながってしまう。
なぜ止められたのか分からないといった顔で見上げられ戸惑いながら、俺は歩行者信号を指差した。
「赤?」
「信号が赤の時は止まって待たなきゃ」
「ほほう、なるほど」
外国の子なのだろうかとも思ったが、外国にも信号はあるだろう。
言われた通り大人しく信号を待つ白い頭を見ながらぐるぐる考える。
「おにいさん名前は?」
「俺?俺は夜坂時雨だよ。君は?」
「おれは空閑遊真。ねぇ、どうしておれに声をかけたの?」
「どうしてと言われても……困っているように見えたから、かな?」
「ふーん。お、色が変わったぞ。通ってもいいのか?」
「本当だ、行こうか」
こっちの世界に来て間もない頃、迅と似た会話をしたなぁ、と思い出して苦笑した。
時が経つのは早くもう12月である。未だに元の世界に帰れる気配はない。
「ここが第三中だよ」
「かたじけない」
「俺はここから先には入れないから、あとは頑張ってね」
「む?そうなのか」
「日本の学校は関係のない人が入ると注意されちゃうから」
「そうか、それは残念だ……夜坂さん、ここまでありがとう」
ペコリと綺麗なお辞儀をして、男の子——空閑くんは校舎内へと消えていった。
不思議な雰囲気の子だったな、なんて思ったのがつい数日前。
「おや?」
「あれ?」
まさか、また会うことになるとは思わなかった。
本部からのメッセージを受信したのとほぼ同時刻、迅から電話があった。
『もしもし、夜坂?今大丈夫?』
「大丈夫。本部からの連絡の事だよね。あの小さいトリオン兵を探し出して駆除すれば良いんだよね?」
世間ではイレギュラーな門が開いたり、空飛ぶ大型のトリオン兵が攻めてきたりと話題が尽きない中、本部から一斉連絡があった。
どうやら市中に散らばる小型のトリオン兵がここ数日の騒動に関係しているようだ。ボーダー隊員総動員して駆除にあたるとのお達しである。
『話が早くて助かる。B級以上はほぼ部隊で動くから、夜坂はC級のサポートに回ってくれ』
「了解」
市街地ではすでに駆除作業が始まっていた。
すぐさま換装し、C級が逃したトリオン兵を上からちまちま倒していく。
的が小さく素早い敵は狙撃手との相性が悪い。スコープで覗いてはちまちまと狙撃するのを繰り返し、近中距離武器持ちの隊員の援護に徹する。
何匹倒したか数えるのを諦めた頃、迅から再び連絡があり、方が付いたことを知らされた。数の力は偉大である。
「お疲れ様、近界民駆除はもうおしまいだって」
「お疲れ様です。はぁーダルかった」
近くで同じくちまちま狙撃していた半崎くんに伝えると、心底面倒臭そうな顔で伸びをした。だるいだるいと言いながらも、俺よりも駆除した数が多いのは流石である。
狙撃手三人編成の荒船隊も俺と同じく、サポート側に回っていた。
「確かに、相手が小さすぎると狙撃銃でちくちく攻撃するのだるいね。荒船くんみたいに近距離武器も使えたらなぁ」
「呼びました?」
「ううん、荒船くんは遠近対応できてすごいなぁって話」
「なんですかその眼鏡みたいな例えは」
荒船くんは元攻撃手のため、近接武器で駆除にあたっていたようだ。弧月を鞘に収めながら首を傾げていた。
その後、荒船隊や他のC級隊員達と共に、辺りに散らばった残骸を片付ける。トリオン兵の詰められた袋を背負うとかなりの重量で、こんなにこの街に潜んでいたのかと戦慄した。
「あ、迅」
「よう、お疲れ様」
残骸の収集先に指定された公園に向かうと迅がいた。
「また会ったね」
「先日はどうも」
「学校間に合った?」
「残念ながら遅刻しました」
「あちゃー」
確か……名前は空閑くんだったか。ここにいるということはボーダー関係者なのだろうか?
迅はもう一人いた眼鏡の子……おそらくC級にだろう。懐かしい隊服を見ていると、迅は突然俺の肩を組みポンポンと叩きはじめる。
「迅?」
「こいつは玉狛支部所属の夜坂時雨だ」
「初めまして、三雲修です」
「こいつも目的があってボーダーに入隊したんだ。目的があるやつはすぐに強くなる。現に、夜坂も入隊後すぐにB級に昇格した。パワーアップはできるときにしとかないと、いざって時に後悔するぞ。でしょ?」
「まあ、そう思うけど……」
どうやら何かのアピールに使われたようだ。俺は適当にうんうんと相槌を打っておく。
「何が目的なのかは分からないし無理には聞かないけど、やれることがあるならやっておいたほうが良いよ。後で後悔しないためにもね。未来なんてどうなるか分からないんだから」
そう伝えると、目の前の三雲くんは何やら難しい顔をして黙りこくってしまった。
「迅、この子達はどうしたの?」
「今回のイレギュラー門問題の解決に貢献したんだ。今後も関わることになるからよろしくな」
ニヤリと笑った迅の思惑は分からない。しかし、また一波乱ありそうなそんな気がする、と沈みかけている、滲んだ夕陽を見ながらそう思った。