35 玉狛支部F
「あれ?」
「おや」
「あ、あの時の……!」
二度あることは三度あるとはよく言ったものである。
支部に帰ると、リビングには先日知り合ったばかりの二人の姿があった。さらに小柄な女の子が一人増えており、三人揃って俺を見ている。
「あ、時雨さんお疲れ様です!いまちょうどお客さんが来てるんですよ〜!」
「宇佐美ちゃんただいま。確か、空閑くんと三雲くん。それと……」
「あ、雨取千佳です。よろしくお願いします」
「よろしくね、雨取ちゃん」
つるんとした丸い頭の女の子は雨取ちゃんと言うらしい。礼儀正しく、おとなしい子だという印象を受ける。空閑くん達のお友達なのだろうか。三人並んで何やら深刻そうな顔をしていた。
「あれ?お知り合いでしたか?」
「雨取ちゃんとは初めましてだけど、空閑くんと三雲くんはこの前の小型トリオン兵討伐の時にね。そうだ、頼まれてた食材買ってきたから冷蔵庫入れておくよ」
「ありがとうございます、助かりました!」
俺はそのままキッチンに向かうと、ビニール袋から冷蔵庫にせっせと中身を移していく。
手慣れた様子で冷蔵庫の中身を整理していくのを、三雲くんはポカンと見つめていた。
「なんというかここは、本部とは全然雰囲気が違いますね……」
「そう?まあウチはスタッフ全員で十一人しかいないちっちゃい基地だからねー」
確かに、本部のガチガチなお堅い雰囲気と比べると、この玉狛支部はかなり異質だろう。俗に言うアットホームな職場である。
「でも、はっきり言って強いよ。みんなA級レベルのデキる人だよ。玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!一番新人の時雨さんもあっという間にB級になったし!ね、時雨さん!」
「そのメンバーの中に並べられると恥ずかしいな……」
他の隊員と比べると実力に天地くらい差があると思う。眼鏡を光らせながら話す宇佐美ちゃんに苦笑しつつ、隣に腰を下ろす。
話を聞けば、雨取ちゃんは何故か遠征——近界民の世界に興味があるようだ。しかし、遠征はA級でも上位の人達しか行くことができない。
現に、今行われている遠征に参加しているのも、A級の中でも上位の隊員たちである。入隊して早々に参加できるものではない。
「A級隊員……って、やっぱりすごいんですよね……」
「400人のC級、100人のB級のさらに上だからね。そりゃ強者揃いだよ」
「それにB級と言っても、その中でもA級に引けを取らない実力の人達もいる。その隊員達のさらに上を目指さないと、遠征は難しいんじゃないかな」
宇佐美ちゃんと俺の意見を聞くと、雨取ちゃんは俯き黙ってしまった。
「よう三人とも」
「あ、迅」
もうそろそろ保護者も心配する時間帯だ。この子達は帰宅しないで大丈夫なのだろうか。
沈黙の中そんなことを考えていたら、今までどこにいたのか突然迅が現れた。
「親御さんに連絡して今日はウチに泊まってけ。ここなら本部の人たちも追って来ないし、空き部屋も沢山ある。夜坂と宇佐美で面倒見てやって」
「了解」
本部に追われているなんて、三人は一体何をしたのだろう。この流れも、迅の読み通りの展開なのだろうか。ここ数日、やけに忙しそうにしていた迅の姿を思い出す。
迅に連れられて林藤さんのもとへ向かう空閑くんと三雲くんの背中を眺めて息を吐く。
「夜坂さん」
先程まで静かに何か考えていた様子の雨取ちゃんが口を開いた。
「どうしたの?」
「B級に上がるのって、難しいですか?」
「どうだろ……。それこそ才能とか努力とか人によるとは思うけれど……。毎日ちゃんとやることやってれば、いつかは上がれるとは思うよ。でも、一人の力だけだと難しいと思う」
「そうですよね……」
「雨取ちゃん、何か焦ってるでしょ」
「えっと、それは……」
「無理のない範囲でいいから教えてほしいな」
何故彼女は遠征に興味を持っているのか。雨取ちゃんの助けになれるかもしれない、と気になっていたことを直接聞くことにした。
雨取ちゃんはしばらく視線を泳がせた後、きゅっと手を握って口を開いた。
彼女は、友達と兄を近界民に攫われたのだと言うのだ。他の人に任せるのではなく、自分で探しに行きたい。そのためにボーダーに入り遠征部隊に選ばれる必要がある、と。
遠征に行くのは簡単なことじゃない。例えA級になれたとしても、全員が全員、選ばれるという訳ではない。
けれど、話を聞いて、俺は数ヶ月前の自分を思い出した。
自分では何もできないもどかしさ。他の人たちが自分のために何かしてくれているのを眺めているだけの毎日。
「俺もね、目的があってボーダーに入ったんだ」
「え?」
「最初は自分の無力さが嫌で、他の人に迷惑をかけているのが居た堪れなくて……今思えば全部自分勝手な行動だったかもしれないけど、いろんな人が協力してくれて、俺もB級に上がることができた。それでね、雨取ちゃん」
「……はい」
「俺にできることがあれば協力したい。雨取ちゃんはもう決めてるんでしょ?」
みんながしてくれたように、俺も誰かの助けになれるのなら。
先程までふらふらと泳いでいた視線は、今はまっすぐに俺を見つめている。
「わたし、ボーダーに入って遠征に行きたいです」
「それじゃあ、修くんは元々隊員だし、遊真くんと一緒に新規入隊するのかな?」
「えっと……その……」
宇佐美ちゃんの問いに、急に歯切れが悪くなった。
「もしかして、雨取ちゃんが隊員になりたいっていうのは修くん達も知らない?」
「……はい」
俺と宇佐美ちゃんは顔を見合わせた。
「ボーダーに入りたい……!?おまえが……!?」
「うん……」
驚く三雲くんに再び俯いてしまう雨取ちゃん。
玉狛に呼ばれた時点で空閑くんと雨取ちゃんのボーダー入隊は決定事項なのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
「じっとしてられないんです。ちょっとでも可能性があるなら……」
三雲くんに諭されても、それでも食い下がる雨取ちゃんに意志の強さを感じた。
話を聞いた宇佐美ちゃんは、うーんと首を傾げる。
「さっきも言ったけど、うちの隊は実力派集団だから新人が入る隙がないんだよねー。だからほんとにA級目指すなら、本部に入ってチーム組んだ方がいいかなあ。アタシは千佳ちゃんにうちに来て欲しいけどさ」
A級部隊経験者の宇佐美ちゃんの言葉を受け、三雲くんは相談があると切り出して雨取ちゃんと共に席を外した。
「……なんだか悪いことしちゃいましたかねー」
「俺は、自分の無力さが嫌だっていう雨取ちゃんの気持ちが分かるから、入隊してほしい……って言うとちょっと無責任かもね。危険な任務に身を投じることになるわけだし。……けど、三人を連れてきたのは迅なんでしょ?」
「はい」
「それなら、答えは決まってるんじゃないかな?三人の部屋、用意しに行こう」
「そうですね!」