36 空閑遊真
「あ、空閑くん」
「む?夜坂さん。こんな時間にどうしたの?もしかして眠れない?」
「ううん、さっき起きたら階段の電気が付いてたから、誰かいるのか気になっちゃって」
十二月も半ば。
開けた場所、しかも川沿いにある夜の屋上はかなり寒い。
けれど空閑くんは風が吹こうが身震い一つせず、屋上の手すりに腰を下ろしている。
空閑くんに近づき、彼の真似をして手すりに腰掛ける。
「こんなところにいると風邪引いちゃうよ」
「おれは風邪引かないから大丈夫だよ。トリオン体だし」
「……ん?今の身体ってトリオン体なの?」
「うん」
「んん?」
トリオン体とは戦闘の時に換装するものではないのか?こくりと頷く空閑くんに首を傾げると、彼のそばからニュッと黒いなにかが現れた。
「わっ!?」
「驚かせてしまい申し訳ない。私はレプリカ、遊真のお目付け役だ」
「は、初めまして……?」
月明かりにつやつやと輝くその物体は、まるで黒い炊飯器の様である。レプリカと名乗ったそれは、ふよふよとこちらに近づいて来た。
話を聞くと、レプリカは自律型トリオン兵だという。意思の疎通ができるトリオン兵がいた事にも驚きだが、それ以上に驚くことがレプリカの口から語られた。
「……じゃあ、空閑くんの本当の身体は傷だらけで、生き延びるためにトリオン体で活動しているってこと……?」
「まあ、ざっくり言うとそんな感じだな」
冗談の様な話だが、いつもの調子で平然と話をする空閑くんに、本当のことなのだと納得せざるを得なかった。
「……話してくれてありがとう。俺が聞いてもよかったの?」
「大丈夫だよ。玉狛の人には話しておいた方がいいと思ったし」
手すりから投げ出した足をプラプラとさせている空閑くんは、気にするそぶりもなく答えた。
「……さっきレプリカも言ってたけど、空閑くんっていろんな国を渡り歩いてたんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ、……いや、なんでもない」
「?、夜坂さん、どうしたの?おれが分かることだったら答えるよ」
口をつぐんだ俺に、空閑くんは不思議そうな顔をする。
「本当になんでもないから。ごめんね」
「……夜坂さん、嘘ついてるね。まあ、話すのが嫌だったら無理にとは言わないけど」
様々な国を渡り歩いてきたという空閑くんに、聞いてみたいことが一つあった。
「空閑くんはさ、今までいた国々の中で、なんの前触れもなく違う世界に飛ばされる話って聞いたことある?噂話程度でもいいんだけど、何か似た話があったら教えてほしいなと思って」
「ほう?」
「空閑くんの話以上に突拍子もない内容だけど……どうかな」
「うーむ、おれは聞いたことがないな。レプリカは?」
「私も記憶に無い」
「そっか、やっぱりそうだよねー。ごめんね、ありがとう」
近界民だからこそ、いろんな国を渡る彼だからこそ何か知っているのでは無いか。そんな淡い希望を胸に尋ねてみたが、答えはやはりNOであった。そんなに都合よくいく訳ない、と半ば諦め気味の質問であったため、ダメージは軽く済んだ。
「その話の流れでいくと、夜坂は別の世界から来たということか?」
「そうなの?」
「……うん。レプリカの言う通り、俺はこの世界の人間じゃない。と言っても、近界民だとか他の星から来たとかじゃなくて、この地球の、パラレルワールドみたいな所から来たのかな?俺のいた世界には、近界民やトリオン兵なんていなかった」
「それは興味深いな」
「なるほどね。残念だけど、夜坂さんの力になれそうにないや」
「ううん、大丈夫だよ。そう簡単にいくとは思ってないし……あ、この話は内緒ね。知ってるのは玉狛の人と、本部の偉い人だけだから」
「うむ。約束する」
「ふふ、ありがとう」
俺が慌てて付け足すと、空閑くんは真面目な顔で約束してくれた。
「そうだ、三雲くんと雨取ちゃんと三人でチーム組むんだってね。まだ正式入隊してないけど結成おめでとう」
「む、もう知ってたのか」
「うん。迅が教えてくれた。俺も玉狛に新しくメンバーが増えるのが嬉しいよ。応援してる」
「おれも楽しそうなことが見つかってワクワクしてる」
笑みを浮かべながら話す空閑くんは本当に楽しそうだ。
「なんだか冷えてきちゃったな。戻ってココア作ろうと思うんだけど、一緒にどう?」
「ココア?」
「近界民の世界には無いのかな?温かくて甘い飲み物だよ」
「ほほう、それは興味がありますな」
にやりと不敵に笑う空閑くんに、思わず目を細める。
今まで傭兵として生きてきたらしい空閑くん。ここでは自分の思うままに楽しく過ごせたらいいな、と願った。