2023/08/02

休暇返上?

事件は男が、片田舎に一軒しかない酒場で杯を持ち上げた時に起こった。
一軒しかないだけあって、まだ宵の口だというのにそこそこ騒がしい空間が一瞬で静まり返る。
男はちらりと原因を一瞥すると、大げさに深く息を吐いた。
原因は一人の人間が酒場を訪れたこと、言葉にすればたったそれだけのことだが客が皆一様に黙るのは無理もない。
汚れひとつない純白の外套は遠目に見ても高価なもの。男に言わせれば無駄と思える装飾も、恐らく周囲からすれば厳かに映るだろう。
身に付けている本人の見た目もまた、場に相応しくない美しさだった(これは褒めていないと男は後に語る)
そんな視線に慣れてしまっているのか、気にもせず男を見つけて歩み寄った。

「ウルヴァ様」
「嫌がらせかお前は」
「そんなわけないじゃないですか」
「見りゃわかんだろ、俺様は休暇中なんだよ」
「休暇中に杯を満たす役目がいても良いでしょ?」
「お前な、付いて回る気か?」
「その通り。私と四六時中一緒なんて嬉しい?」
「シルヴィア、仕事の話なら今しろ」
「つれないね、ウル」
「お前の一晩は高く付くんだよ」
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2022/08/17

夏の夜の夢

今年も庭の向日葵が満開を迎えた。
あの小さな種を一緒に埋めたのはいつだっただろう。
太陽を浴びて輝く大きな花は、見るだけで一人の存在を思い出させる。
アンタがいなくなってからもう何年も経った。
家の向日葵は毎年、決まっていたかのようにお盆に咲く。
そしていつも、向日葵が咲いた日の夕刻に、

「リヒト」

アンタはここへ帰ってきてしまうんだ。
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2022/08/16

輪っかのお菓子

「……ドーナツ食べたい」
一人呟いて考えるも、ドーナツを用意出来る人間は今ここに存在しなかった。
頭の中に一人ずつ顔が浮かぶも、ぶっぶーと盛大な音でばってんが浮かぶ。
我慢することは初めから視野にないのだ。
「ヘルトってドーナツ作れるかな……?」
順番に浮かんだ顔ぶれの中で、同じくらいの歳の少年が浮かぶ。
彼は今いるはずで、可能性は彼くらいしかない。
最悪西へ行くことも考えてはいるものの、そこそこに距離があり空腹に耐えられそうになく。
「聞いてみよっと!」
自室から元気よく飛び出す。
丸くて穴の空いた、ふんわりした甘い香りの物体を夢見て。
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2022/07/06

そんな、夏の夕暮れ

「あっちぃな!エール飲みてぇ」
「ロン毛にはこたえる……」
「俺はレオーネほど長いところないからマシ」
「だろうな。お前切らないのか?短髪だったの出会った頃だけだろ」
「俺はレオーネの短いの見たことないけどな」
「俺のことはいいだろ?今お前の話」
「えーこれ以上新しい層開拓してモテちゃっても困るだろ?」
「へいへい」
「なぁ」
「あ?」
「それいつ終わる?」
「もう終わる」
「よっしゃ、エール飲みいこうぜ」
「ん」
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2022/04/02

Untitled

「師匠に頼みがあるんだ」
「なにかな」
「……俺に、もしものことがあったら。セレのこと、頼んで良いか」
「どうして私に頼むんだい?他にいくらでもいると思うけれど」
「師匠が一番、しぶとそうだから」
「っふ、ふふ……それは光栄に思っていいのかな」
「いいぜ?」
「うん、わかったよ。全て任された」
「俺の、たったひとりの家族だから」
「うん」
「本当は……あいつが嫁いで行くまで、見ていられたら良いんだけどな」
「お兄ちゃんは大変だね」


(ねえ レクス)

(あのとき、お前には何が視えていたんだろう)

(私にはわからない でも)

(約束は果たすよ)

(それが私にできるたったひとつの償い)
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