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エンジュジムはエンジュシティの北側にあり、赤土色の屋根と紫のラインが特徴の建物だ。
古風な街全体の外観を損なわないよう他のジムよりも落ち着いた色に作られているらしい。とはいえ、アッシュはコガネのジムくらいしか知らないのだが。
 
 
「すみません!」
 
アッシュが大きなジムの扉を叩くと、一人の老婆がぬっと音もなく顔を出した。あまりにも音なく出てきた為驚いて思わず一歩後ろへと下がる。
 
「…!」
「…おや、ジム戦かぇ?」
「いえ、配達に来た漢方屋です。ジムリーダーのマツバさんはいらっしゃいますか?」
 
挑戦者と間違えたらしい彼女はアッシュの言葉を聞くと納得したのか、うんうんと頷いて従業員用らしい入り口に案内してくれる。
ここでお待ちを、と言われて畳部屋の客室らしきところでイーブイと大人しく待っていると何やらふわふわと寄ってくる気配がしてアッシュは顔を上げた。
するとすぐ近くに大きな目をしたガス状のポケモンがふよふよと浮かんでいる。
 
「え?」
「ゴースゴスゴス」
 
そのポケモンはアッシュの周りをぐるぐると回り楽しそうに笑っている。
誰だとか何とか言っている気がするが、兎に角周りを動き回るので目で追いきれない。
纏っている黒いガスは寒いという程ではないが、触れるとややヒヤリとしている。
 
「ブーイ!!」
 
降りてこいと怒るイーブイを慌てて捕まえ宥めにかかるが、ポケモンは面白そうに周りをグルグルと回るだけだ。
一体何事かと驚いていると、すぐに一人の青年が入ってきた。
 
「ゴース、ここにいたのか」
 
呼ばれたゴースというポケモンは青年を見るとようやくアッシュから離れ、くるくると回転しながら嬉しそうに青年へと寄っていった。
ゴースに手を添えるような仕草をするとゴースの周りのガスがふよふよと形を変える。どうやら喜んでいるらしい。
アッシュは相手が入ってきたことで一旦イーブイを離して立ち上がるとお辞儀をした。
 
「やぁ、君がアッシュ君だね。僕はここのジムリーダーをやっているマツバだ。このポケモンはゴース。ジムで使用しているポケモンだよ」
「あ、どうも。漢方屋から配達に来ました、アッシュです」
 
そんな2人を見ながらゴースもマツバの隣でお辞儀の真似をする。ぺこっと音がしそうなお辞儀はちょっと可愛い。
まあ座ってと促され、2人は向かい合わせに座り直すと、何故かゴースはアッシュの隣にぴったりと寄り添った。
と思ったら、すぐにイーブイがブイブイ!と文句を言い始める。
しかしゴースは気にした風もなくアッシュの周りを縦横無尽に飛び回り何かしら声をかけてくる。
その内容はどこから来ただとか、この匂いは何だとか、遊ぼうだとか様々だ。
人前なのでそれに応じはしないが、無視されてもゴースは気にした風もなく話しかけ続けている。
 
「アッシュ君は随分ゴースに気に入られているようだね」
「いや、なんでは分からないんですが…おい、イーブイやめろ!いたた!!」
 
面白そうに見学するマツバの前で困惑したアッシュは話をしようとするが、イーブイがゴースに飛び掛ろうとする為それどころではなかった。
とはいえ、ゴースに技が効かないのか全ての技が通り抜ける為その隣にいるはずのアッシュが痛い思いをするだけである。
 
「ゴース、ヨネコさんが呼んでいたよ」
「ゴースゴス」
 
見かねたマツバがそう声をかけるとちぇ、とか何とか残念そうに呟きゴースは部屋を出て行った。
 
「すまない、普段はここまではしゃがないんだけどね」
「いえいえ。あの、それより……前エンジュに来た時に会った人ですよね?あの時はお世話になりました」
 
先程は気づかなかったが、話しているうちに前回配達に来た際にお婆さんのいる所を教えてくれた彼だと気づいたアッシュは礼を述べた。
 
「覚えててくれて嬉しいよ。実は漢方屋の人だと聞いて話してみたいと思っていたんだ」
 
この街には若者があまりいないから、とマツバは続ける。
 
「確かに、ここは穏やかな所ですからね」
「まぁ、そんなところが気に入っているんだけれどね。やはり年の近い友人は欲しいものだよ」
 
良かったらこれから仲良くして欲しいと告げられれば特に断る理由もなく、いいですよと頷いた。
 
「でも、敬語はいりません」
「あぁ、そうしよう。アッシュ君も必要ないよ」
 
アッシュが分かったと言うとマツバはそうしてくれと満足そうに笑ったので、忘れないうちにと薬草を手渡す。
代わりに代金を受け取りながらマツバは思いついたように、
 
「ところでアッシュ君。君、ポケギアは持ってるのかい?」
 
良かったら交換して欲しいんだけどと言われて、つい先程カンポウと交わした会話を思い出して苦笑すると、不思議そうな顔をされた為あらかた説明した。
 
「そうだったのか。じゃあ見つけたらカンポウさんと一緒に登録しておいて」とアドレスが書かれたメモを渡される。
分かったと言ってそのメモを仕舞うと、マツバに「ついでにジム戦もして行くかい?」と聞かれたのでアッシュは即断った。
 
「たまたまトレーナーになっただけでイーブイしかいませんから」と言うアッシュにマツバは気が変わったらいつでも教えてほしいと言って笑う。
気が変わることはないだろうと思いながらも、その時はとだけ言ってアッシュはお暇することにした。
 
「さぁて、帰ろうか」
「ブイブイ」
 
ジムを出た後、ぐっと伸びをすると眉間にシワを寄せたイーブイがやっとかと言いた気に鳴くと先頭をトコトコと歩き出した。
 
 

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