大体のことは急に決まる


エンジュを出たその後は特に何事もなく、トレーナー達にバトルを申し込まれたりしながらコガネへと到着した。
 
「やっと着いた……!!」
 
前回に引き続き久しぶりに他の町に泊まったりした為だろうか、見慣れた街が何だか懐かしく思える。
途中戦闘続きだったのはイーブイなので自分は何もしていない筈だが慣れ親しんだところに着くと肩の力がほっと抜ける。そこで初めて何だかんだ緊張していたんだと気づいた。
足元のイーブイを見ると、ブルブルと頭から尻尾にかけて身体を順番に震わせて道中着いた汚れや砂埃を払っている。
 
「あー、実家帰ったりしたらもっと懐かしいのかな」
 
そういえばどのくらい帰ってないんだろうかとふと考えてみたが、1年を越えたあたりで考えるのを止めた。
それよりもカンポウのところへ寄って早く部屋でゆっくりしよう、と考えていると後ろから「おーい」と声が聞こえた。
振り返ると、バイト先である自転車屋の店長がアッシュに向かって手を振っているのが見える。その後ろではふよふよとレアコイルが浮いているのが見えた。
だいぶ遠いところにいたように見えたのだがスポーツをやっていたと聞いていただけあり、あっという間に距離を詰めた店長はにこやかに笑った。
 
「なんて丁度いい所に!」
「一体どうしたんですか?」
 
そういえばいい部品とやらを取りに行っていたのではと首を傾げていると、レアコイルが言いにくそうな様子で機械音を鳴らした。
よく分からないがいつものやつと言っているらしい。いつものやつとは何だろうかと首を傾げていると、
 
「このパーツに最適の車体を探してくるよ!暫く休業するからその間のバイトはカンポウさんにお願いしたよ!」
「は?!」
 
何やら唐突に新しいバイトが決まっていた。
そうだ、店長は良いパーツが出来たと人づてに聞くとすぐに飛んで行く癖があるがそれだけじゃない。良いパーツがあればそれに見合うパーツを探さないと気が済まないひと自転車オタクだった。
お陰でアッシュがバイトを始めて何回か彼の店は臨時休業している。
すっかりそのことを忘れていたアッシュは思わず胃を抑えた。
 
「ちょっと長くなりそうだから、君も急に仕事が無くなったら困るだろうと思ってね」
 
と言われ確かに困るけどもと言葉に詰まる。しかしそれならばちゃんと色々説明して欲しい。主にバイト時間と日数と時給について詳しく!流石に無償ボランティアに毛が生えた程度の雀の涙ものだったら生活が出来ない。
割と死活問題だと危惧したアッシュが口を開こうとした時には「船の時間が!」と時計を見た店長がくるりと踵を返していた。相変わらず行動が早い。
 
「じゃあアッシュ君!また今度!」
「ちょ!店長?!」
 
鍵はまだ預かっててねー!と言いながら走り去っていくのをレアコイルもごめんとかそんな謝罪の言葉を鳴らしながら自分のトレーナーを追いかけていく。
来た時同様あっという間に見えなくなった彼らを追う余裕も体力もアッシュにはなかった。
嵐のように騒々しく去っていったあとは
「え…えぇー……」
 
何も言えず脱力したアッシュは暫しその場に立ち尽くしていたが、イーブイがどうするんだと鳴いたことで我にかえる。
立っていてもどうにもならない。とりあえずカンポウの家へ事情を聞きにいく事にしようと当初の目的通りカンポウ宅へと足を運ぶことにした。
 
 
 
 
 
 
「戻りましたーっと」
「おぉ!アッシュか!ご苦労じゃったのぅ」
「あぁ。爺さん、あのさ」
「ん?」
 
入ってすぐにパラセクトの姿を探したが、どうやら今日はまだ外にいるらしく部屋の中にあの大きなキノコは見つからない。
それを察してか、足元にいたイーブイが呆れたようにため息をついたがアッシュは知らないふりをした。
そしてそのまま先程の嵐のように去っていった店長のことを話す。
 
「それならわしも知っておるよお前さんのバイトの話じゃろ」
 
あやつ話とらんかったのかとカンポウは呆れ気味な顔をしていたが、聞いた覚えがなかったので内心焦っているとカンポウはことの詳細を説明し始める。
それによるとアッシュは自転車屋のバイトを一時休職し、漢方屋で正式にバイトとして雇って働くというものらしかった。
バイト代も変わらずどころかむしろ場合によっては上乗せであるらしい。
二人で決めたことらしいがまずは自分を通してくれるのが道理ではなかろうか。とはいえ、新たなバイトを探す手間が省けるのは正直言って有難い。
有難いのだが、ここには苦手なパラセクトが存在している。それを思うと呑気に喜んでもいられない。
 
「いや、でも爺さんにも悪いし」
 
焦ったアッシュは上手い言葉が出てこず口籠る。そんなアッシュを知ってか知らずかカンポウはヒゲをさすりながら笑った。
 
「まぁ、あやつが休業するのはいつものことじゃよ。いいパーツを見つけるとすぐ何処かへすっ飛んでいくからのぅ」
 
ふと、目を輝かせて親指を立てる店長の清々しい顔が頭をよぎってアッシュはどっと疲れが出た。親指たててる場合じゃないよ早く帰ってきてください。
そんな幻覚を見つつも「うーん、」と悩むアッシュにカンポウは「別に悪い話ではないじゃろ?」と笑った。
確かにどちらにせよバイトを探さなければいけなかったのだから早く見つかる分結局は良かったのだろう。
訂正する意味がなくなった為、アッシュは落ち着くために一つ息を吐き出すとカンポウに頭を下げた。
 
「分かった。今日からよろしく…お願いします!」
 
ケジメなのでここはちゃんと敬語を使わなくてはと力んだのが分かったのか、カンポウが笑う。
 
「こっちこそ頼んだよ」
 
アッシュ達の横で何がなんだがよく分かっていないイーブイがしかめっ面をしている。明らかに説明を求める顔だが、アッシュが口を開くより早くカンポウのラッタが話しかけに行くのが見えた。
断片的にしか分からないがどうやら事のあらましを説明してくれているらしい。
ラッタなりに身振りをくわえているからか、フリフリと揺れる尻尾が割と可愛い。
 
本当に良く出来た奴だなぁと思いながらアッシュはカンポウと詳しいバイトの話をする為、いつもの定位置へと腰を下ろしたのだった。

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