運気を上げるも下げるも自分次第


「……暇だな」
思わず零れた呟きに反応してこの店の店主のパートナーでもあるレアコイルが機械的な鳴き声を上げた。
客は1時間前に自転車の下見に来たという少年を最後にとんと現れない。
掃き掃除や片付けも一通り終えてしまい、バイト終了時刻までのあと数時間やる事もないアッシュはカウンター席で欠伸を噛み殺した。
ここの店主は元々カントーの自転車店にて経験を積んでいたらしいが、店を兄弟子が引き継いだのを機に独立したらしい。
独立後暫くして漸く仕事が軌道に乗りそろそろバイトでも雇おうかという頃、たまたまバイトを探してコガネシティへとやって来たアッシュがこの店の前で迷子になっていたのが始まりである。
それ以来ここでお世話になっているわけだが、ここはどちらかというとハイスペックな物を求める客層向きの店の為か、あまり人の出入りが少ない。
アッシュがバイトに入って結構経つが、直接店にて自転車を購入していく客はあまり多くないのだ。
とはいえ経営難ではなさそうなのはその後ろにある扉からはガチャガチャと工具を扱う音と共に響いてくる調子の外れた鼻歌が証明している。
 
「相変わらず楽しそうだな、店長」
 
以前自分は自転車を作る為に生まれてきたんだと言っていた通り、店の奥で自転車を弄っている店主はとても楽しそうである。
アッシュに同意したレアコイルもまた、店の奥を覗くように体をふわりと移動させる。
しかしそれ以上近づくことはせず、アッシュの側から中を覗くだけである。
というのも、レアコイルが店の奥に入ると工具やら何やらと色々なものを磁力で引き寄せてしまう為出入りを禁止されているのだ。
 
そんな暇を持て余した一人と一匹がダラダラとカウンターで過ごしていると、店の奥からひょっこりと顔を出した男性がずれた眼鏡を直しつつアッシュに声をかけた。
 
「アッシュくーん、この配達だけしてくれたらそのまま直接帰っていいよー」
 
人もこの時間あまり来ないしねーと朗らかに笑うこの男性がここの自転車店を商う店主である。
この時間というか、普段から人があまり来ないというツッコミはバイト先を失いかねない為喉の奥に飲み込む。言ったところで自転車を作ることで頭がいっぱいな彼なら笑って同意しそうではあるが。
 
「…分かりました。じゃあ、お先失礼します」
 
配達物らしい部品が入った包みとメモを受け取ったアッシュは店長とコイルに挨拶をして店を後にした。
 
よく自身でアレンジしているというお得意さんへの配達を終えた帰り道、近道しようとアッシュは普段あまり使わない地下通路を通ることにした。
あまり人がいない道を黙々と歩いていると、
 
「おうい、そこの青年よ」
 
こっちじゃこっちじゃ、とトンネル内にややくぐもった声が響く。
突然話しかけられたことに内心驚きつつもそっと声のする方を振り返ると、何やら色々な薬草らしきものを抱えた爺さんが手招きしている。
何だただの客寄せだったかとホッとしつつ、相手が齢のいった爺さんだったので何と無く近づいたのが間違いだったのかもしれない。
 
爺さんは御老体とは思えない程の握力でアッシュの腕をガシッと掴むと、シワが寄って見えなくなった人のいい目をして「ちと手伝ってくれんかの」と笑った。
頼んでいるようにも聞こえるが、もう既にこちらへ荷物を次々手渡し始めている。
有無を言わさぬ強制力がある様子に苦笑しつつ、まあ良いかで済ませてしまうアッシュはこくりと頷いた。
 
「良いですよ。何処までですか?」
 
バイトも終わり、特にこの後は用があったわけではないからまあいいかと軽く引き受けたのが後々まで付いてくることになるとはこの時のアッシュは考えもしていなかった。
 

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