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翌朝、いつもとは違う潮の香りのせいかアッシュは日も登らぬうちから早々と目を覚ました。
足元にはイーブイがタオルケットの中で眠っており、ちっとやそっとでは起きる気配がない。
どうしようかと少し迷ったものの、目が完全に覚めてしまったアッシュはせっかくだからとそのまま起き出し、気分転換に浜辺へと出てみることにした。
センターのドアから外へと出ようとすると、カウンターにてパソコンを打っていたタンバのジョーイが顔を上げて明るく声をかけてきた。
タンバのジョーイは他のジョーイよりもやや日に焼けており、何となく髪色が薄い気がする。
恐らく年中潮風に晒されるこの気候のせいなのだろう。


「おはようございます。確か、イーブイを連れた方でしたね。随分早いですが、どちらまで?」

ポケモンを連れていないようなので、と控えめに言われてはてと自身のボールセットを見ると確かに何もついていなかった。
どうやら寝る時に邪魔だとイーブイの横に置いたのをそのまま置いてきてしまったらしい。

「ちょっと散歩に。イーブイは寝てたので置いてきました」
「そうでしたか。海は危ないので入らないようお願いしますね」

それでは気をつけて、と笑顔で見送られアッシュはセンターの扉をくぐり抜けた。
早朝の浜辺は静かな町並みのせいかザザーっと波の音だけが響き、何だか昨日とは違う場所に来たような気になる。

「だーれもいないな……っと。ん?」

波打ち際でぐっと身体を伸ばしていると、パシャパシャと明らかに波とは違う水音が聞こえてアッシュはそちらを振り返った。
すると何やら見たことのあるつるりとした青い尻尾が水面を叩いているのが見えた。
暫くして、向こうもアッシュに気づいたらしくひょっこりとポケモンが水面から顔を出す。

「あれ……?お前、遺跡にいたウパーだよな?」

アッシュが驚いて尋ねると聞かれたウパーはそうだと言いたげに「ウパー!」と元気よく鳴いた。

「ウパ、ウパパパ!」

どうやら散歩に来たと答えたらしい。

「お前こんな所まで来てるのか……」

まさかこんな遠くまで来るとは思わず唖然とするアッシュをウパーは不思議そうに眺めていたが、まあいいかといった様子で再び水面にもぐり始めた。
そうしてまた顔を出した時にはもうだいぶ沖の方に行っており、アッシュはポケモンの身体能力の高さを再度知ることとなった。

「ポケモンって本当に凄いんだな……」

あっという間に居なくなったウパーを見送った後、さて散歩を続けようかと波打ち際に沿って歩き出す。
その時、丁度ポケギアが着信を告げた。

「はい、アッシュです」
「おぉ!アッシュか!手伝いしてもらってすまんのぅ!」

かけてきたのはカンポウだったらしく、労わるカンポウの声の奥でラッタが鳴いているのも聞こえた。
しかしアッシュは知っている。労っているのは口先だけで最初からそのつもりだったのだということを。

暫くは薬屋の近況についてあれこれ聞いてきてはアッシュもそれに応えていたのだが、それだけではないだろうと身構える。
すると案の定、「まだタンバにおるならちぃっと断崖の洞窟へ行ってきてくれんかの?」と頼み事をしてきた。
そこには漢方の材料にもなる野草があるらしく、若い頃はよく取りに行っていたそうだが、今のカンポウにはなかなか厳しい。
今回の事でげんなりしていたアッシュは今日くらいは文句を言ってやろうと息を吸ったが、カンポウの痛たたという声にその気が削がれる。
その上、後ろからラッタの心配そうな声まで聞こえてしまい、言うに言えなくなってしまったアッシュは渋々了承の意を返した。
痛がり方からして演技ではなさそうだが、何というタイミングであろうか。
また通院をサボっているのがラッタの言葉でわかってしまう。

「ちゃんと病院行ってよ爺さん。それじゃあ」

お大事にと告げて通信を切る。
何だかまた使われているなぁとため息を吐いた。

「イーブイ、連れて来なきゃなあ」

アッシュはそのまま海に背を向けるとポケモンセンターに帰ることにした。




部屋に入ると既に起きていたイーブイがお腹を空かせていたのでいつもの皿にフーズを乗せる。

「ちょっと洞窟行くことになったんだけどどうする?」

フーズをがっつくイーブイにとりあえず尋ねてみると嫌そうに眉を潜めている。正確には眉はないのでそれらしきしかめっ面をしている、が正しい。
ただし口いっぱいにフーズを頬張っている上に口元には食べカスがついている。
モゴモゴと食べながら喋っているが人間ではないので行儀作法など気にすることはないだろう。
普通に可愛いのだが、イーブイの眉間は深くなるばかりだ。


嫌です、を体現したままでいるイーブイに「ボールに戻ってるか?」と聞くと渋々「ブイ」と鳴いた。
どうやら洞窟に行くのも嫌だが、それよりもボールに入る方が嫌らしい。
渋々、仕方なくといった様子で返事をよこした。

「じゃあ、食べたら行くか」

イーブイが食べている間暇なので自分も携帯食をつまむ程度に食べておく。相変わらずパサパサとして好きになれない味だ。センターの食堂で食べる方が遥かに美味しい。



食事を済ませた一行はセンターを出て洞窟を目指す。
カンポウの話によると、洞窟はタンバシティの南にあるサファリゾーンの入り口から繋がっているそうなので早速そちらの方へと向かった。
ジムの近所にいる主婦にしか見えない受付嬢の脇を通り、階段をひたすら上がる。
すると段になった崖道の脇に、人が降りた形跡を見つけた。
ここから降りると断崖の洞窟となるらしい。
これは帰りは大変そうだと思いつつ、いざとなれば穴抜けの紐で抜け出そうと決めてアッシュは岩壁を降りた。


それから暫く、カンポウの言っていたルートに従って歩いていくがそれらしきものが見つからない。

「早めに戻りたいんだけどなぁ」
「ブイブイ!」

暗くなる前に出られるだろうかと思案していたアッシュの横でイーブイが唸り声をあげた。
何事かと身構えるが、そこには暗い洞窟が広がっているだけでイシツブテすらいない。

「何もいないじゃ…うわ!!」

イーブイを振り返ろうとした瞬間、後ろ髪を誰かに引っ張られたアッシュは思わず悲鳴を上げた。
慌てて振り返るが何もいない。しかしイーブイは変わらず唸っている上、今度は脇腹を突かれる。
ぐるぐると回るうちにポケモンの笑い声が洞窟内に響いた。
と思ったら首筋に冷気がかかり悲鳴をあげる。
するとすぐ後ろからケタケタと笑いながら飛び出してきたのはまたも見たことのないポケモンだった。

「え、何こいつ」

全体は黒いが頭の端の方は赤紫色で、胸元には数珠状に連なった赤い玉が光っている。
そのポケモンはアッシュの驚く様が面白かったらしく、ケラケラと笑いながらふよふよと漂うように浮かんでいた。
そうしてひとしきり笑い終えると、突然洞窟の奥を振り返り鳴き声を上げ始める。
どうやら早く来いと言っているらしい。
同時に聞こえ始めたペタペタという足音を聞きつけ、アッシュもイーブイも何事かと洞窟の奥を見やった。


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