男主失踪当時のマサラの様子


レッド失踪事件から数ヶ月、シロガネ山から帰省するとアッシュの部屋に入り浸るのがレッドの習慣と化していた。
何か目的があるわけではないが、普段バイト三昧のアッシュに会うには何度か出入りしなければならず、何度も繰り返しているうちに、帰省とアッシュ宅に行くのがワンセットとなってしまったのだ。
いない時にもアッシュの部屋に上がり込み、漫画を読んだりしながら部屋で待っていてアッシュに驚くか呆れられるのが常であった。
それでも追い出さない辺りからアッシュの人の良さが伺える。


その日はグリーンも仕事が休みであった為、久しぶりに三人でゲームでもしようといつものようにアッシュ宅へと突入した。
一階でテレビを見ていたアッシュの母親とゴーリキーに挨拶をし、二階の部屋へと入ったのだが、アッシュはおらずがらんとした部屋が広がっていた。
アッシュはあまり物に執着しないためか、普段から部屋がさっぱりしているのだが、いつもベッドの上に脱ぎ捨てておくはずの上着もない。

「なんだ、アッシュのやつ出かけたのか?」

おばさん何にも言ってなかったけどなぁとグリーンが首を捻っているが、レッドは何と無く違和感を感じていた。

本棚やゲーム類は手付かずだが、先月来た時にベッドサイドに置いてあったはずの時計やペン類がなくなっているのだ。

「ピーカ?」
「あぁ、いないな」
アッシュがいないとでも言うように鳴くピカチュウを撫でながらレッドは答える。
それを見ていたグリーンも「いないよなぁ。ま、とりあえずおばさんに聞いてみようぜ」と一階を示したので二人は一階へと降りることにした。

「あら、どうしたの?」

すぐに降りてきた二人に疑問を感じたアッシュの母親は不思議そうに二人を見比べていたが、傍らでおせんべいを食べていたゴーリキーが鳴くと思い出したように一人頷きだす。

「あぁ、そうだったわ!あの子ね、バイト探しに行ったわよ」
「探しにって何処へ?」
「さぁ?何処だったかしら?」

また唐突な話だなと思いつつグリーンか尋ねるが、アッシュの母親は忘れてしまったらしく「何処だったかしら…」と思い出そうと頬に手を当てている。
しかし結局「ドラマに夢中だったから忘れちゃったわ」と笑うのみで明確な答えは得られなかった。

隣のゴーリキーが何か知っているらしく、身振り手振りでグリーン達に何か伝えようとするが、生憎何を言っているのかさっぱり分からない。
ゴーリキーの話を聞いていたピカチュウだけは理解出来たらしく、レッドに伝えようとするがこれまた伝わらない。


「ピーカ?チュウ!ピカピカ!」
「ピーッカ!チュウ!」
「ピカピ!」

チャレンジ精神旺盛なピカチュウは何度かレッドの頬をぺちぺちと叩き、山の方を指差して何か伝えようとしていたが結局二人に伝わることはなかった。
しかし伝えようと必死な姿が可愛いかったのか、よしよしとレッドはピカチュウの頭を撫で回す。
最初は伝わらないことに悲しそうな様子のピカチュウだったが、撫でられるのが嬉しかったのかすぐに自分から頭を差し出して撫でられ続けていた。

一人と一匹が互いの仲をふかめている傍らで、アッシュの母親に何とか思い出せないか聞いていたグリーンはその様子に腹が立ったらしく「遊んでる場合か!」と言ってレッドの頭を叩く。
それにピカチュウが抗議を入れていたが、アッシュの母親は「そのうち連絡くるわよー」と言ってドラマの続きを見始めてしまった為騒ぐことも出来ず渋々退散することにしたのであった。



その後それぞれのことをこなしながら連絡を待ってみたものの、なに一つ連絡がないまま時間だけが流れていった。


「あっという間に一年近く経ったわけだが」
「……来ないわねぇ」

グリーン宅のリビングにて難しい顔をする弟のセリフを姉のナナミが引き継ぐ。
やっぱり本格的に探しにいくかとグリーンは腕組みをするが、リビングに置かれたテーブルにてお茶をついでいたナナミはグリーンの前にもお茶を置いて弟を引き留めた。
「まぁまぁ、落ち着いて。貴方今日はジムに行かなきゃいけないんでしょう?とりあえずジムに行く前におばさんのところにだけ行ってみたらどうかしら?」
「……そうだった」

実を言うと、突然消えてしまったアッシュを心配していたグリーンはジム仕事もろくにせずあちこち探し回っていたのである。
そのツケが回ってきており、明日こそは来てくれとジムきっての古株トレーナーに懇願されてしまったのであった。

「そうするか。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
そのままジムに行くからーと言って立ち上がったグリーンにナナミはその場で手を振る。
一通りの準備を済ませて玄関へと向かうと、ちょうど家へとやってきたレッドと鉢合わせになった。

「レッド!」
帰ってきてたのかとグリーンが尋ねるとピカチュウが代わりに手を上げてそれに元気良く答える。

「…そろそろ連絡きたかと思って」
「それが来ないんだよ。しゃーねぇ、一緒に行くか」

一先ずアッシュ宅に行くしかないだろうと二人はすぐ近くにあるアッシュの家へと再び向かうことにした。
ところが、家の前で二人は旅支度を済ませたアッシュの母親に出会うことになる。


「あらー、グリーン君とレッド君、ちょうど良かったわぁ」

パタパタと片手を振るアッシュの母親は一見とても軽装に見えるが、足元は使い込んでいるらしい旅に適した軽いタイプのブーツを履いている。
どう見てもこれから近所へ買い物に行きますとは言えない格好にグリーンは慌てて駆け寄った。

「ちょ…!!おばさん?!」
「ねぇ、どこか出かけるの?」

グリーンが慌てる後ろからレッドが声をかけると、アッシュの母親は嬉しそうに頬に手を当て、

「ちょっと寒いところにいきたくなってね。綺麗な雪景色でも見てくるわー」

と嬉しそうに話し出す。
二人のことなどそっちのけで何処に行こうか手持ちのゴーリキーに相談する様子を見たグリーンは、レッドに「おいおいおい、今日は鍋がいいわねなノリでとんでもないこと言い出したぞ!どうすんだよ」と小声で話しかけた。

そうこうするうちに話は大きくなり、いっそのこと別地方まで行ってこようかしらと言い出した為、グリーンは慌てて止めに入る。

「待って待っておばさん!まだアッシュも帰ってきてないのに?」
「あ、そうそう!だからこれお願いしようと思って」

リキーちゃんお願いね、と声をかけるとゴーリキーはグリーンへ小さな鍵を渡す。
ゴーリキーの体格故、本当に小さな鍵に見えたのだが受け取ってみると普通の家の鍵であった。

「……え?」

レッドとピカチュウもグリーンの手元を覗き込むが、どう見てもアッシュ宅の玄関の鍵である。
一体どういうことかと二人がアッシュの母親を見やると、彼女はとても清々しい顔で、

「連絡くるの待ってられないから行ってくるわぁ。じゃ、グリーン君あとよろしくね〜」
「ちょ!おばさん!?」

相棒のゴーリキーを連れて旅立ってしまったのであった。

「よろしくねーじゃない!!何で親子揃って唐突に出掛けるんだよ!しかも軽いノリで!」

っていうか結局親子揃ってどこ行ったのかわかんねぇし!と、グリーンは我慢できなかったのか矢継ぎ早にツッコミを入れる。

「なぁ!」

思わず同意を求めて隣を振り返るが、三年間音信不通になった行方不明の代名詞であるレッドが無言でグリーンを見上げている。

「お前もだったわ…!!」

何?流行ってんのかよホント勘弁してくれよとブツブツ呟きながら、グリーンは近くの木に右腕をついて項垂れる。
それにムッとしたらしいレッドも軽くジト目で言い返す。

「自分だってジム放ってあちこち出歩いてるくせに」
「俺は最低限のことやってるんだよ!そもそもあのジムあんまり人来ないしな!!っていうかお前ももっとちゃんと帰ってこいよ!」

毎回シロガネ山まで行くのも大変なんだぞ!とガミガミ説教が始まる。
片やまくし立て、片や無言の圧力を送るという二人の様はなかなか圧巻であった。
そんな二人の元へ、パタパタと軽い足音を立てたナナミが走ってくる。

「あー、いたいた。もう、ジムから連絡来たわよ」
「しまった!くっそうちょっと見て来る予定だったのに時間使った!!」

頭を抱えるグリーンにナナミは困ったように苦笑してみせた。
それを見たレッドは、ほらみろ自分もほいほい出歩くヤツだと思われてるぞとでも言いたげな顔をしている。
それに腹が立ったグリーンは口元をひくつかせてレッドを睨みつける。

「くっそうムカつくな!おいレッド!あとでジムに来い!!」

叩き潰してやると意気込むグリーンに、レッドも長年のライバルである彼とポケモンバトルが出来ると分かり、「いいけど?」と眼光鋭くグリーンを見やった。
そんな二人に呆れたナナミはパンパンを手を叩くと二人の背中を押す。

「いいから早く行きなさい。また連絡来るわよ!」

押し合いへし合いトキワジムに向かう二人は、アッシュを見つけるのにそれから数年を費やすことになるとはまだ知らないのであった。


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