旅の縁は人の縁(マツバ視点)


まだ朝日が登り切っていない為、辺りは薄暗くポッポ達の声も辛うじて聞こえる程度でようやっと彼らの活動時間さし掛かったといった頃合らしい。
時計を見やると五時少し前で、いつもより若干早いがまぁいいかと思いゆっくりと起き上がった。
僕が起きたのが分かったらしく、ゲンガーがボールをカタカタと数回揺らした後、自分から出て来て背中にまとわりつく。

「あぁ、おはようゲンガー」
「ゲンッ!」

勢いよく頷くと、ゲンガーはケケケッと笑いながらふよふよと洗面所の方へと飛んで行く。
布団を軽く畳んで仕舞うと、それを追うようにして洗面所へと向かった。

洗面所のコックを軽く捻るとバシャバシャと冷たい水が流れ、それを顔にかけると起き抜けのぼやけた頭をクリアにしてくれるようで、この瞬間が結構好きだったりする。
水を止めて手探りで用意しておいたタオルを探していると、ゲンガーがポンとそれを近づけてくれた。

「ありがとう」

わしわしと顔を拭き、鏡を見るといつも通りの金色が視界いっぱいに入る。


「さて、他の子達も起こして来ようか」
廊下の途中で起きて来たらしいゴースト達がやって来たため、起きてこないゴースを起こしてから皆で庭に出る。
無駄に広い家は最早屋敷と呼ぶに相応しく、ポケモン達と運動するには勝手が良いと毎朝此処でポケモン達の体調チェックがてらトレーニングをするのが日課だ。







「ふぅ…、今日はこのくらいにしよう」

一緒に動いたせいで少し汗をかいていると、それに気づいたゲンガーがタオルを持って来てくれる。
「ありがとう、ゲンガー」と言うと、ゲンガッ!と嬉しそうに鳴きながら頭を押し付けてきたのでわしわしと撫でてやった。

「着替えたら朝ご飯にしようか」と言うと、ゴースト達がが嬉しそうに鳴きながら僕の周りをクルリと一周すると我先にと競うようにして居なくなる。
多分先に台所に行ったんだろうと察し、ゲンガーを連れてその後をのんびりと追いかけた。


仲良く皆で朝食を取り、家を出る頃にはすっかり朝日も登ってたくさんのポッポ達が鳴いていた。
途中、道行く人に挨拶を交わしながらその中をゲンガーのみ出した状態でゆっくりと歩いて行き、いつもと同じ時間にジムへと着く。

入って行くと此処の最古株であるイタコのヨネコさんがやって来て、一緒に昨日までに受け付けたバトルの申し込みをチェックする。
どうやら今日予定しているバトルはないらしいので、他のメンバーが来る前に書類整理をしてしまおうとフィールドではなくその裏の事務所の方へと回った。
ジムリーダーはバトルの申し込みがない時は暇だと思われがちだが、イタコ達と共にトレーニングをしたり、今日の様にジム協会から定期的に届けられる書類を整理したりするため身体が空く事の方が稀だったりする。

特に此処はポケモン協会が薦める正規のルートを辿れば四つ目のジムに当たるため、それなりに挑戦者が多い。
挑戦者のレベルにある程度合わせるため、普段ジムで戦っているのは今まで育てて来たゲンガー達ではなく新しく育てたジム用のポケモンだ。
そのためレベルアップも勿論必要なのだが、それよりも体力やスピードといったポケモン達自身の基礎を作る事に重点を置いている。
なので毎日のトレーニングは欠かせないのだ。

とりあえず午前中のトレーニングは先程のヨネコさんと、同じく此処の古株に当たるイタコのタエコさんに預けているため、安心して書類の方に集中出来る。
しかし、たまに新しく育て始めたゴースたちがトレーニングを抜け出して悪戯に来ては、僕のゴースやゴーストに怒られて連れ戻されて行く。
その様子にキチンと先輩として教えているんだなと笑みを漏らしていると、ふと片目に自分の視界ではない何かが映った。

どうやら歌舞練場らしい。

幼い頃、それこそ物心つく前からあったこれは一般的に千里眼と呼ばれるらしく、時折こうして誰かの見た風景そのものや、何処の誰かも分からない者の未来が見えたりするのだ。


意識せずとも強くなるそれは、いつの間にか目の前でペンを握る自身の手と書き途中の書類ではなく今度はエンジュの街並みを映し出す。

一軒の家のインターホンを押し、無言で見上げている同い年くらいの青年が視える。
一瞬その姿がぶれ、今度は自身とさっきの青年が言葉を交わしている姿が映った。

特に特徴のない黒髪の青年はこの辺では見た事がないなと思ったところで唐突に書類が目に入り、今視えるのはどうやらそこまでのようだと悟った。
突然始まって唐突に打ち切られるのはいつもの事なので気にはならなかったが、年の近そうな彼には興味が湧く。
この辺りはのんびりとした暮らしを好む人が多いため、同年代の者はあまり居ないのだ。
さっき映った場所は恐らく彼処だろうという見当はついていたため、少し出てくる事を伝えると僕はその場所へ行ってみる事にした。




行ってみると案の定、先ほど視えた青年が此方に背を向ける形で家のインターホンを押している。

声をかけようとした瞬間、「すいません、漢方屋です」と玄関に向かって呼びかける相手の声と被ってしまったためタイミングが掴めず、もう少し寄ってからにしようと足を進める。
すると、諦めたらしい彼はクルリと此方を向いたため、思ったよりも距離が近くなってしまい正面からぶつかってしまった。
瞬間、彼から薬の様な独特の匂いが香って来る。
それはポケモンセンターで嗅ぐ様な化学薬品のような匂いではなく、もっと苦味を帯びた匂いで成る程これは漢方薬の匂いかと合点がいった。
殆ど身長が変わらないため、黒髪が視界で揺れるのが見えて慌てて後ろへ下がると、向こうも驚いた様子で慌てて後ろへと下がる。

「…すいません」
「いや、大丈夫だよ。それより、そこの家がどうかした?」

「何だか困ってるみたいだったから」と彼に言いながらも、先程の発言と自身の能力のおかげで彼が誰を探しているのかは大体察していた。
彼が此方を観察している間、僕も改めて彼を観察する。

後姿で見た通り髪は何の変哲もない黒だが瞳は銀色に近い灰色で、日の光が当たったそれは時折鈍く光っているようにも見える。
その目の奥に一瞬だけ宿らせた警戒の色に気づき、何と無くだがまるでポケモンの様だと思った。
ベルトの所にボールはついていなかったが、ボールセットがついているという事はトレーナーなのだろうか。
しかし、いつもバトルをする時と同じ格好でいる自分を見ても反応しない所をみると彼はどうやらバッジを集めているわけではないらしい。

「いや、ここのお婆さんに荷物を届けに来たんだけどいないみたいで…」
「あぁ、歌舞練場にいるよ」

「かぶれんじょう?」と明らかにそれが何なのか分かっていない様な発音をしたため、「この先にある踊り場だ」と指差して教えるとそちらに行けばいい事は分かったらしい。
青年は軽く頭を下げながら礼を言うと、そちらに向かって歩き出した。




結局彼の名前も聞けず仕舞いだった。
しかしその日トレーニングを終えてゲンガー達をポケモンセンターに預けに行った時にジョーイさんへふとその話をしてみると、青年は最近コガネの漢方屋で配達をしている人だと教えてもらった。
翌朝、彼が配達に来た家のお婆さんと会うと、昨日は漢方屋のお弟子さんと一緒にご飯を食べたのだと教えてくれる。
最近はウソッキーのせいで孫も来れないから誰かと一緒に食べる夕飯は久しぶりだったのだと笑う相手方に「それは羨ましいです」と笑うと、今度はマツバさんも一緒にと誘われたので勿論それは快くお受けした。

成る程、彼は漢方屋の弟子なのか…ならば今度は自分もコガネに配達を頼んでみようかなと思いながら、いつも通りジムに向かったのだった。








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