雨が降ってたり、泥まみれだったり、最悪なことばっかりだ。そもそも振り返ってみればこの世にいいことなんて滅多になくて、でもその滅多にないいいことをたくさん私にくれた三成様。三成様、ああ、

「 ナマエ……か……、フン、無様な俺を笑いに来たか」
「なに、を言ってるの、です! 三成様、みつなりさま、どうしてこんな、」

 三成様は私の言葉には応えることなく、鼻を鳴らして笑うだけだった。ずるり、ずるり、と足を引きずりながら、ゆっくりと歩いていく。もちろん、その歩いた跡には赤い道筋が、とぎれとぎれにできていて、それはつまり、そう、とどのつまり、

「三成様、死ん、じゃう、の?」
「…………馬鹿を言うな」
「あ、はは、そうです、よね。そんなわけないですよね」

 また三成様は鼻を鳴らした。二人とも、笑うのがどんどん下手になっていた。私は無理矢理、絞り出すように、はは……と乾いた笑みをいくつか並べた。

「まあ、馬鹿は俺……か」
「そ、そんなこと!」
「こうして歩いて逃げることに、如何程の意味があるというのだ。直に見つかる。こんなことは、時間稼ぎにもならない戯れだな」

 ぐ……と三成様は苦しそうに腹部を手で抑える。血なのか、泥なのか、わからない。雨だけが、透明で、それがひどく憎らしく感じられた。

「隣にいる奴は泣いているしな」
「だ、だって……みつなりさま……!」
「馬鹿な奴だ」

 ただ、目を腫らし嗚咽を挙げる私を見て、三成様はどこか安心したようにも見えた。もちろん三成様は涙を流さない。三成様の宝石のように美しく高貴な誇りは、とてつもない誘惑として私を誘うようだった。こんなにも間近にある死を、きちんと感じたのは初めてかもしれない。他人ではない、自分でもない、紛れもない三成様の、(死が)、

「はは……はは」
「三成様?」
「こんなにも、可笑しいなんてな。世界の終わりじゃない。俺は死ぬだろう。だが、 ナマエ 、お前は生きている」
「三成様……」
「……はは」

 愉快そうに笑う彼を、私は見守ることしかできなかった。まるで満ち足りた時間かのような錯覚に囚われて、抜け出せなくなる。こんなに笑い合うことが、今まであっただろうか?三成様の笑顔と、血と雨と泥、全てが、愉快で滑稽で平和で、残酷だった。

「頼むから、生きてくれ。俺は、そうもいかないだろう」
「そんな、」
「ああ、涙が出る。いつぶりだろうな。 ナマエ、俺は今、涙が出るほど、嬉しくて、可笑しくて、寂しいよ」

 私はいとしいひとの手をそっと離す。さようなら、さようなら、もう二度と逢えないひと。三成様の足音は、すぐに雨で聞こえなくなった。

さようなら、いとしいひと
(110509)afterwriting