どういったことだろう。僕はまさか、今ちょっと気になる女の子と誰もいない教室で二人でお喋りなんかしている。時は夕方、ちょうど綺麗な赤い光が窓から差し込んだりなんかして、良い雰囲気であると言えるだろう。ちなみに僕とその女の子の顔の距離は弱冠30cm。少し背伸びしたら届いてしまう。そんなことを考えながら、僕は必死にその子の話を聞く。

「だからね、リーマス! つまり、ジェームズがどうとかは、もはやどうでもいいの」
「うん」
「ジェームズがどう思うかなんて、もういいの。人間誰だって自分が一番大事でしょ。私は私が大事。私は自分の気持ちが一番大事なの」
「うん」
「……今リーマス私のこと自己中女って思ったでしょ」
「……うん」

 僕は彼女の唇を見つめながら、静かに頷いた。目を合わせたら、全て吐き出してしまいそうだった。彼女もきっと僕を見てはいない。この綺麗な赤い夕焼けも、届きそうな僕らの距離も、それを感じてるのはきっと僕だけだ。

「ちょっとぉ! リーマス、聞いてる?」
「ちゃんと聞いてるって」
「もう本当にー?」

 彼女は確かに自己中だ。自分勝手で、周りを見ないし、空気だって読めない。感受性が乏しいし、努力も好きじゃない。でもそんなナマエが、僕は好きなのだった。何もできないナマエが好きで、ナマエの一番になりたかった。

「私だってね、わかってるの。流石に現実見えてるよ。エバンズだって、きっとジェームズのこと悪く思ってない」
「うん」
「でも時々思うんだよ。エバンズなんかよりも、実際私の方が遙かにジェームズと仲がいい。悪戯にも寛容だし、話もすごく合うんだから! ジェームズはエバンズのどこがいいの? 確かに良い子だし、可愛いけど。憧れと恋は違うと、思う。私の方が、前から、ジェームズのこと、見てたの、ねえ、」
「うん」
「……泣きそうだよ」

 そんなことを言われても、僕はその百倍は泣きそうな気持ちを抑えているのだ。距離は30cmなのに。決して届かない。手を伸ばせばすぐなのに。僕の両手はお行儀良くお膝の上に収まっている。

「諦めよう、かなあ」
「諦めるの?」
「……わかんない」
「まあ、僕にはなにも言えないけど」
「ジェームズは、私のこと、どう思ってるんだろう」

 結局はそこに戻ってくるのだ。さっき、ジェームズがどう思うかよりも自分の気持ちのほうが大事、という結論に至ったばかりだというのに。どうしようもない堂々巡りだ。

「はーあ! もう、疲れちゃった。こんな辛気くさい話。終わりにしよ!」
「うん、また何か話したくなったらいつでもどうぞ」
「ありがとう! もー、こんな話できるのリーマスくらいだわ」

 馬鹿げた話だ。僕は今の関係に甘んじるフリをして、本当はこのままで満足できない。でもこの関係を崩す勇気などないのだ。にこにこ笑いながら時をやりすごして、こんなことが何になるというのだろう。

「あ……綺麗な夕焼け」

 ふと、ナマエが言葉を漏らす。僕は感情を共有できたことがたまらなく嬉しくなって。うんうん、と無駄にたくさん頷いた。

「さ、リーマス。夕飯行くよ。たくさん考えたら、疲れてお腹減っちゃった」
「うん、うん。そうだね。行こう」

 無造作に揺れる手を見て、手をつなごうか一瞬迷うが、やめる。僕はこのままでいい。甘んじるフリをして、目を背ける。それでいいのだ。嘘のように優しい夕焼けに、たくさんの気持ちを重ねながら。

少年と夕焼け
(110528)afterwriting