「あーあ。キミも、いなくなっちゃうんだねえ♦」

 ヒソカは非道く残念そうに言い、しかし顔はいつものにやついた目つきのままで、わたしを見下ろしていた。

「いなくならないよ」
「強がりがヘタだなあ、ナマエは。本当はもう泣き出したいほどに死の恐怖に負けているのにね♠」
「あーもう、うるさいなあ」

 わたしはとある戦場で血を吐きながら寝そべり、ヒソカは傍らに立っていた。脇腹に刺さった矢のようなものには毒が仕込んであったらしく、脇腹からの出血よりも吐血の方が目立って多くなっている。そんなわたしを、ヒソカは助けるでもなくただ眺め、わたしも助けを求めるでもなくただ寝そべっていた。

「もう手遅れだよ。あーあ、またつまらなくなっちゃうな。ナマエがいると退屈しなかったんだけど♥」
「だから、手遅れなんかじゃないってば。少ししたらまた戦えるから。今ちょっと休んでるだけだから」
「そうは見えないね。キミは今死にゆく。紛れもない事実だね♣」

 なんどか咳をして(その度に肺から血はこみあげてくるわ腹から血が出るわで大変だ)、ヒソカを睨んだ。わたしはまだ死ぬわけにはいかない。ヒソカの言う通りになるつもりは毛頭ないのだ。白黒の世界は、まだわたしの死を許してくれない。ふと心の中に寂しさに似た感情がわき上がった気がしたが、たぶん、気のせいだ。

「死なないって」
「やけに自信満々だけど。何か根拠はあるのかい?♠」
「ないけど。ヒソカあんただってわたしが死ぬっていう根拠なんてないでしょ」
「あはは、ないよ♦」

 まったく、こういうとき傍らにいる人は、死んだりしないよって慰めてくれるのが定石ではないのか。遠くの空を見渡すと、厚い雲が駆け足でこちらに向かってきているのが見えた。夕立でも来るのかな。

「わたしの体のなかで何が起こってるかなんて、誰にもわからないんだよ」
「ふむ。じゃあいっそ、解剖してみようか。そしたらよくわかるよ♥」
「そんなことしたらそれこそ私が死んじゃうでしょ」
「そんなことしなくても死んじゃうけどね♦」

 バカバカしい。わたしはシュレディンガーの猫か。わざわざ開けてみなくたって、わたしが生きていけることは灼然たる事実、だと思うんだけどなあ。

「おやすみ、ナマエ♥」

 確かなのは、わたしにとってヒソカは決して平和をもたらすものではなく、わたしは少しずつ眠たくなっているということだ。死ぬわけない、と自分では信じているけれど、どうなるかなんて、目覚めてみないとわからない。願わくば、目を開けて最初に飛び込んでくる顔がヒソカでありますよう。


halfsies of goodnight
(111205/200516タイトル微変更)afterwriting