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「てことで、俺いま傷心だししかもフリーなの! どう? 膝枕する? どう? どう?」
「しねーよ……ほんとやめてよ。そういうの」
「本当は嬉しいくせにぃ」
「マジで殺す」
ダルい、ダルすぎる。お酒のせいか、半兵衛はいつもよりダル絡み2倍である。
わたしは精一杯、半兵衛から顔を背けた。わたしにできることと言ったらこのくらいなのだけれど、あまりに幼稚な抵抗だ。
「ナマエちゃんって進路どうすんだっけ」
「就職だよ。一般職だよ。OLだよ。」
「んー、そっか。じゃああんま遊べなくなるね」
「半兵衛は進学だもんね。でも土日休みだから土日ならあくと思うんだけど」
「じゃあ全土日呼び出すから、朝まで飲もーね」
「やめろ」
半兵衛はごろんと私の横に寝転び、腕を真上にぐんと伸ばした。まるで何かに助けを求めて縋るみたいだ。わたしはもちろん、その手を掴みたい。掴みたいけど、掴めない、掴むことが許されたら、どんなにいいだろう。泣きたいほどの激情を必死に飼い慣らして、わたしは半兵衛を見殺しにするのだ。
「もう俺さあ。ダメかもしんない。」
「急に何言ってんの」
「恋愛とか何とかとか、なんもわかんない。なんも上手くいかねーって感じ。」
「自他共に認めるモテモテヤローがどうしたのよ」
半兵衛の泣きそうな声と、わたしの泣きそうな心。わたしたちは、いつだってどこか似ていた。でも似ている分、それ以外の部分は全く違う。半兵衛のこと、もっとわかりたい、もっとわかって欲しいと思うのに、わたしの下らないプライドがそれを許さない。わたしの陳腐なプライドが、わたしと半兵衛を殺すのだ。
「たくさんの人にモテたってさ、意味ないと思うんだよねぇ」
「嫌味ですか」
「俺にはナマエちゃんがいればそれだけでいいんだよぉー。」
「もーそういうことすぐ言う……」
わたしがぼやくと、半兵衛はむくりと起き上がった。深く息を吸って、こちらを向いた。否応なく、わたしと半兵衛の視線がかちあう。
「ナマエは俺のこと見捨てないよね?」
「見捨ててもついてくるくせに、何言ってんの。見捨てるとか見捨てないとか、そういうんじゃないじゃん、わたしたちさぁ。」
「ナマエちゃんって優しいから大好きだよ」
「急にどうしたのって」
「ねえ、ほんとうに俺のこと見捨てない?」
半兵衛の瞳はあくまでとろんとしていて、しかしその真剣な表情に、酔っているのかいないのか、真面目なのかふざけているのかまるで見当がつかない。
真夏とは言え夜は少し冷える。わたしが少し身震いすると、半兵衛はどこか諦めたように、あるいは自分を鼓舞するように、はたまた何かに落胆するように、息を大きく吐き出した。
「あの子みたいに」
「……あの子?」
半兵衛は俯いて、わたしにだけわかるくらい小さくこくんと頷いた。
「俺さあ。ずっとなんだけど。好きなんだ。高校の時の元カノ。ずっと、いるの。俺の中に。」
瞬間、わたしの全身の血が凍った気がした。
点滅する蛍光灯が、わたしの胸懐を邪魔する。何もかも、上手く考えられなかった。ちかちかと、光が目から入ってきて、脳を暴れ回ってまた出て行った。
「……元カノ」
「マジでさぁ、キモいよね。笑っていいよ。てか、笑ってくれた方がいいな。なんかこう、嘲ってくれない? 笑える感じに」
「……笑うわけないじゃん」
笑うことなんて、できるはずがなかった。何も考えられない。今ここで、溶けてなくなれたらどんなにいいだろう。どんどん溶けて、まるでここにわたしなんていなかったみたいに、いなくなれたらいいのに。そうして、今ここにいる半兵衛を独りきりにしてやれたらいいのに。でももちろんそんなことできない。今わたしにできることなんて、……わたしにできることなんて、必死に泣きそうなのをこらえて、半兵衛に気取られないように努めることくらいだ。
「笑うわけ、ないじゃん。半兵衛さ、ほんとにその人が好きなんでしょ?」
「……うん」
絞り出した答えは、案外わたしの心を素直に表しているように思えた。ずっと、好きな誰かさんを心に秘めて、へらへら笑ってる、そんな半兵衛のこと、わたしが笑えるはずがなかった。
「わたしが、半兵衛のこと、笑うわけないじゃん」
「……ナマエ」
半兵衛が目線を上げ、わたしを見る。わたしも、半兵衛を見た。もう、泣き出しそうなわたしはいない。
「やっぱ俺、超ラッキーボーイだわ。ナマエがいてよかった。ナマエが友達とかマジ最高だわ。俺ナマエちゃんしか友達いねーもん。ナマエいなくなったら死ぬ。寂しくて死ぬ」
「……ばか」
気付けば、空は白み始めていた。明日は英語論文の和訳発表があるので、少し寝ておかないときついだろう。わたしたちはいそいそと、自分たちの部屋に戻る準備をした。大広間(死屍累々)に戻り、置きっ放しにしてあったケータイやらカメラやらをジャージのポケットにつっこむ。半兵衛が寝る男子部屋は3階の一番手前、わたしが向かう女子部屋は4階の一番手前の部屋だ。わたしたちは互いに無言で、二人並んで階段を上った。あと一歩、近づけば、わたしの右手と半兵衛の左手は触れあう。その一歩が、狂おしいほど遠かった。わたしはこれからもずっと、その距離を厳重に箱にしまい、後生大事に守り続けるのだ。
「じゃ、わたし、4階だから。オヤスミ」
「うん。明日英語とかマジ萎えるわぁ」
「寝坊すんなよ」
「みんながずぅーっと寝て暮らせる世、来ないかなぁ」
「こねーよ」
半兵衛は寝ぼけ眼をぐいぐいとこすっている。わたしたちは変わらなかった。多分、これからもずっと。
「……ナマエ、ありがと。」
あふれ出た涙はあくびのせいにして、わたしは階段を上って行った。
夜が明けるまで傍に居て、
(140805夏合宿編おわり。もうちょっとだけ続くんじゃ)
title by 涙星マーメイドオライオン