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わたしたちは無事合宿所に着き、いろいろしたのち、早いもので夕食の時間となった。
お勉強場面は特に面白いこともなかったため割愛。
夕食に出てきた料理はいかにも合宿所! という感じのお膳で、しかし流石海岸沿い、魚介類はとても美味しかった。昼間の発表の間に少しだけ3年生と打ち解けることができたので、隣の子に話しかけながら舌鼓を打つ。3年生たちは確かに騒がしい雰囲気だが、100%ギャル男ギャル集団というわけでもなさそうで、見た目派手そうに見えてもきちんと卒論の構想を練っていたり、休憩中騒がしいがその分周りを見ているような子たちだということがわかった。だからといって飲み会に対する不安はなくならないが、この分ならとりあえず乱交パーティはなさそうで安心した。
「みんな食い終わったな。よし、宴の準備じゃ!」
先生の合図を皮切りに、3年生たちがわさわさと動きだし、事前に買っていたお酒を並べ始める。院生たちと談笑していた半兵衛に目配せすると、ややあって半兵衛がこちらにやってきた。彼も他の学年の人たちとかなり打ち解けたみたいだったが、やっぱり飲み会に対する警戒心は薄れていないようだ。
「先輩たちと何話してたの?」
「んー、卒論の相談」
「ああ、半兵衛、レジュメ1枚分しか用意してきてなかった癖にめっちゃ褒められてたもんねー」
「昨日徹夜した甲斐があった」
半兵衛はどこかとろんとした目で(徹夜なのだから当然だ)、着々と飲み会の準備がされていくホールを眺めている。こんなにぼうっとして、しゃきっとしない半兵衛を見たのは久しぶり、いや初めてかもしれない。きっと、これを超えてしゃっきりしない半兵衛なんて二度と見ることはないだろう。
と、思うじゃん。あのプライド糞男の半兵衛が、まさかあれ以上にとろんとする姿を人に見せると、思わないじゃん。
「ナマエちゃーん。えへへ」
「えへへじゃねーだろ……」
あのあと、飲み会開始の音頭が取られて間もなく、わたしたちはなぜか3年生の男の子達に取り囲まれてしまった。そして始まる「半兵衛さんの?! ちょっといいとこ見てみたい〜!」「ライ! ラララライ! ラララダーリン飲まなきゃイヤだっちゃ♪」「ごちそうさまーが聞こえない!」…………
そして迎えた、今である。チャラ男たちも、一見表情を変えずに注がれたものを全部飲み干す半兵衛に飽きたらしく、今は豊臣先生の元へ行き、先生と飲み競っている。隣で妙に静かになった半兵衛を横目でちらりと見ると、体育座りで俯き、何やらブツブツ呟いている。
「……お酒……卒論……地獄……死……」
「……何かコワイこと呟いてるよ……」
「…………ナマエちゃん……?」
「うん! わたしここにいるよ! 大丈夫? 生きてるー?」
「さいてえ、」
「え?」
「さいてーの気分……」
「で、ですよね……」
半兵衛は顔色こそ変わらないが、酔うと酔ったで割と面倒臭いタイプになることを、わたしは知っていた。別に酒に弱いわけではないと思うが、流石の半兵衛も、徹夜明けでビールとウィスキーのちゃんぽんとくれば知らぬ顔もできぬというわけだ。
「ていうかあ、俺ばっかり飲まされるの、ずるいんですけどぉ……。俺、ナマエちゃんが無理矢理飲まされるとこ見たかったんですけどぉ……」
「ちょっと、半兵衛、酔ってるでしょ」
「酔ってないし。俺ザルだし。うー……ねむい」
二人で壁を背に体育座りをして眺める地獄絵図みたいな飲み会は、それはもう壮観だった。まさに乱交パーティ始まらんという勢いで男の子にベタベタしまくる女の子もいれば、何人かの女子は環になって愚痴大会を繰り広げている(コワイ)。院生さんたちと一部の三年男子、そして先生は焼酎の飲ませ合いをしているし、もちろん多くの三年男子達はまだまだ元気に互いにコールを掛け合っている。
「俺、今日はもうダメかも。寝るかも。ここで寝ていい? てか、膝枕して?」
「酔ってりゃ何言っても許されると思って……」
「こんなこと頼めるのナマエちゃんしかいないんだよ〜」
へらへらと笑いながらこちらを覗き込む半兵衛は、どこまで本当でどこまで酔っているのか本当にわからない。しかもさっきから院生の先輩達がニヤニヤしならがこちらをチラチラと見てくるのだ。わたしは慌てて、「は、半兵衛」と肩を揺すった。
「何だよーもう飲めないよー」
「ほら、ここ暑いし、半兵衛また飲まされちゃうし。向こういこ!」
「向こうって。」
「ロビーのとこにベンチあったから。そっちの方が涼しいと思うよ!」
「んー」
半ば無理矢理、半兵衛を引っ張りホールの外へ連れて行く。立ち上がると、半兵衛は思っていたよりもグデグデで、ほとんどわたしの肩にもたれかかるようにして歩いて行った。
「歩けないとか……超久しぶり……」
「まさかわたしがあんたに肩を貸すことなるとは」
「サークルの奴らには見せられないなァ」
「プライド糞野郎だもんね」
「ナマエちゃんにしか見せないもん……」
ロビーは思ったよりも肌寒く、半兵衛も寒そうにしているが仕方がない。わたしたちはベンチにドカッと座り、ホールから聞こえてくる飲み会の騒音に耳を傾けた。
「あーほんと。飲み過ぎた。ナマエちゃんまじで、膝枕、」
「まじで無理」
「鬼」
「ていうか。あんたまたそうやってさあ。いいの?」
「何が?」
「だから。エリコ束縛さんなんでしょ。この前言ってたじゃん。わたしなんかとこんな二人でいたりしていいの?」
「おお〜ナマエの真面目発言」
「真面目が取り柄」
半兵衛はちゃかすが、こちらは気が気でない。束縛さんのエリコが膝枕だなんて許すわけがないのだ。二人がつきあい始めのころ半兵衛と二人で食堂に行き愚痴を聞いたことがあったが、どこからかそれが漏れたらしく、エリコに「あのさ、いくらナマエちゃんって言っても、人の彼氏と二人でご飯とか、どうかと思うんだよね。あ、いや別に怒ってるとかそういうことではないよ? 私、これからもナマエちゃんとサークルで仲良くしていきたいと思ってるし。ナマエちゃんのこと大好きだし。でもね、だからこそ、あんまそーいうことして欲しくないっていうか…………謝ってくれない?」と詰め寄られたということがあった。ご飯っつっても食堂だし、3限の間の1コマだけ、つまり1時間半しか一緒にいなかったし、大体その時してた話というとエリコについての愚痴という名ののろけだし、と色々言いたいことはあったが、エリコにしたらそんなことはどうでもいいことだと思いやめた。その時は適当に謝ってことなきを得たが、食堂で喋るだけでもだめなのに、膝枕だなんて、今後の展開が読めすぎてつらい。わたしは残された大学生活のあと半年をできるだけ平和に過ごしたいのだ。サークルでエリコと対立して波風立たせるなんていうことは、できるだけ避けたい。
「…………エリちゃんとは別れたよ」
……という、わたしなりの配慮が、まさかの方向から崩れることとなるとは、予想外だった。
「は?」
「ナマエ超ウケるんですけどー。超情弱なんですけどー。」
「…………は?」
「先週別れたんですけどぉー」
半兵衛はしけた顔で、ロビーの方を見やる。もちろんそこには何もなく、強いて言えば自動販売機が小さく音を立て鎮座しているだけだ。
「あの……は、はんべえ、」
わたしは何と声をかけたらいいのか、情けないことに全くわからなかった。半兵衛が女の子と付き合っては別れするのをもうかれこれ3年半見てきたわけだが、未だにこの状況に慣れない。半兵衛は付き合っても女の子を全然大切にしないくせに、別れた途端、いつも急にしおらしくなる。まるでその子のことを本当に愛していたみたいに。まるで、その子のことを本当に、愛していたみたいに。
沈黙に耐えかねたのか、むこうを向いて自販機をじっと見つめていた半兵衛が、くるりとこちらをむいて私を覗き込んだ。わたしはいつだって、この瞳には勝つことができない。
「ちょっとお。そんな顔すんのやめてよ。ほら見て、俺、超元気だし。前から別れたいと思ってたし。ナマエがそんな顔すんのは違うって」
「ご、ごめん。そうだよね」
「そうそ、だからさ。面白い話して。すべらない話して。すべらんなぁ〜」
「え、なにその無茶ぶり……」
半兵衛がいつものようにふざけてくれるのは、不本意ながら有り難かった。わたしには、女の子と別れて落ち込む半兵衛を励ます術なんて持たない。女の子のことで落ち込む半兵衛を元気づけてあげる理由なんて、悲しいかなわたしにはないのである。
夜が明けるまで傍に居て、
(140506夏合宿編二つ目)
title by 涙星マーメイドオライオン