シブヤディビジョンの誘拐(3)
「……まったく、あなた騙されやすいとか言われませんか? もしくは、チョロい、とか。おばかさん、とか。阿呆、とか」
ひどい言われようだ。しかし図星なので何も言い返せない。幻太郎さんはため息を吐いて「観察眼は、まあ、鋭いのに、勿体ないですこと」と言い、部屋中を見渡した。改めて、酷い惨状に、あの光景がフラッシュバックするかのようだ。動悸がする。自分を落ち着かせるために、深呼吸をする。急場凌ぎに、割れた窓の部分だけブルーシートで覆ったのだが、それ以外はほとんど壊されたそのままだ。ソファなんかも硝子の破片まみれになっている。とりあえず座れそうなものを2人で探すと、幻太郎さんが奥の方から折り畳み式のスツールを2つ引っ張り出してきた。ぐちゃぐちゃの部屋で2人、背の高いスツールにちょこんと座って対面している。全てがちぐはぐで、混沌としていて、頭がくらくらしてくる。
「……まぁ、さすがに臓器は嘘ですけどね。でも、乱数探しは手伝ってもらいますよ。その観察力は少しは役に立ちそうだ。あなたにとっては完全にとばっちりでしょうが」
「いえ、乗り掛かった船なので、手伝いますよ。落ち着いたら、帝統にもさっきの話の続きを聞かなきゃいけないし。……ま、帰る家もないことですし?」
嘯くと、幻太郎さんは「ふふ」と面白くなさそうに笑った。愛想笑いが下手だ。彼は再びスマホを取り出し、Google Mapをじっと見た(画面は見えないが多分そうだ)。それからまた少し思案して、私の方に顔を向ける。
「確かに、ハツダイの方は罠のようですね。迂闊に行かない方が良さそうだ」
「だとすると、あいつらの狙いって一体なんなんでしょう。単なるお金目的じゃないってことですよね。現金で5000万を二日でなんて、少し考えれば無理だってこともわかるはず」
「ええ。それに、奴らはマイクを取ろうとする帝統の手を潰したが、マイクには特に関心を示さなかった。本当にお金が必要なら、マイクを奪って売った方が余程高額だし、マイクを奪えば我々の反撃も封じることができる。しかし、あいつらは帝統や小生のマイクはおろか、乱数のマイクまで置いていっている。これはつまり、マイクでの反撃を恐れていないということ。そして、奴らが金銭目的ではなく、小生と帝統を誘き出すことが目的ということです」
「じゃあ、あいつらの私怨っていうことですか」
「いえ、私怨は私怨ですが、あの3人はただの雇われでしょう。大元に、Fling Posseを潰したいと考えている者がいる」
流石に小説家と言うだけあって、幻太郎さんの紡いだストーリーは腑に落ちるものだった。しかし、ここで行き詰まった。これ以上、何の手がかりもないのだ。
「……と、とりあえず、ハツダイ行ってみます?」
「何言ってるんですか。あなたが折角罠だと気付かせてくれたのでしょう。のこのこ行ってやる必要はありません。大方、犯罪の証拠を擦り付けられて、犯罪者に仕立て上げられて逮捕されるか何かでしょうね」
「こ、怖っ」
「何か手がかりがあるはずです。何か、何か……」
先ほどの3人組を思い浮かべる。まだ動悸は収まらず、生々しい程の恐怖感が襲いかかってくる。でも逆に言えば、その恐怖心も記憶も、薄れることなく、ありありと思い出せた。まるで今目の前にいるかのように、鮮明に。
「3人とも目出し帽で、顔は全然わかりませんでしたね」
「背格好も大きな特徴はない……。中肉中背で、背は幻太郎さんとあまり変わらないように見えました」
「では、175から180くらいですか。とことん、特徴がありませんね。中肉中背で、平均身長よりやや高い男3人。……さあ、このディビジョン内だけでもざっと2万人くらいいるんじゃないですか? まぁ随分絞り込めましたねぇ」
「あとは、3人とも黒いウィンドブレーカーを着てました。リーダー格の男は濃紺のラインが入ってるウィンドブレーカー、下っぱの1人は胸のところに何かブランドロゴみたいのが入ってました」
「……ああ、思い出しました。黄色の……ニコニコマークみたいな」
「ああ! そうです、ニコニコマークに、羽が生えてて、キラキラした感じの……何かダサい……」
「そう、ダサい。……小生、見覚えがあります。ちょっと待って下さい」
そう言うと幻太郎さんは立ち上がり、奥の部屋の本棚を漁り始めた。そこは乱数くんの仕事関係と思われる書籍があるエリアだ。その中から、ファッション雑誌を数冊取り出して、幻太郎さんは何かを探している。
「そう……確か乱数が雑誌で特集されて……小生たちについても話したから見てくれって無理矢理……その時にちらっと……ああ、ありました! これです」
彼の元に駆け寄ると、幻太郎さんは雑誌を開いて見せてくれた。それは見開きで、新しくオープンしたブランドのショップをいくつか紹介するという特集ページだった。何店舗か一気に紹介していて、店の外観だけでなく、デザイナーの顔や名前、一押し商品も一緒に載っている。
「あ、本当、これだ! すごくダサい!」
「こんなダサいマーク、見紛うはずがありません」
『BARBER SMILE HOUSE』というブランド名と共に載っていた住所をチェックする(心なしかブランド名もダサい)。所謂裏原の辺りのようだ。ここからそう遠くない。
「とりあえず手がかり、ですね」
幻太郎さんと顔を見合わせ、頷いた。
(210925)